光感受性タンパク質を特定のニューロンに発現させることで,光を照射したタイミングで狙ったニューロンの活動を制御できる.(国際科学技術財団「Japan Prize News No.67 2023 Japan Prize受賞者決定」より引用)
A)Miesenböck博士が考案した原理.光を照射するとロドプシンの構造が変化し,Gタンパク質の活性化が引き起こされ,イオンチャネルが間接的に開く.イオンの移動により活動電位が誘導され,情報が伝達される.B)チャネルロドプシンの概念図.光を照射すると,チャネルロドプシンの構造が変化し,イオンが移動する.(国際科学技術財団「Japan Prize News No.67 2023 Japan Prize受賞者決定」より引用)
オプトジェネティクスのコンセプトを生みだした読書習慣
ニューロンの活動の制御に光感受性膜タンパク質を用いるというアイデアが生まれたのにはどのような経験が活きたのですか?
Dr. Gero Miesenböck(以下Miesenböck) 私はもともと,シナプスが活性化すると発光するタンパク質を用いて,脳から情報を「読みとる」研究を行っていました.つまり,オプトジェネティクスの構成要素である,遺伝学と光学の両方を使っていたわけです.加えて,私が生化学の研究をしていたことも関係していると思います.生化学では,生物のシステムを理解するために,システムを要素に還元してから再構成します.神経科学者にとって,それと同等のアプローチは何だろうとずっと考えていました.それは,ヒトをヒトたらしめている電気信号を要素に分解し,私たちの精神活動をその信号のパターンとして再構成するということです.
光感受性膜タンパク質を用いるというコンセプトを思いついたのは,私が自分自身のラボを立ち上げた後,夏の週末に妻と娘と3人でニューヨークのスタテンアイランドフェリー(「自由の女神」像の前を通るフェリー航路)で小旅行をしたときです.土曜日に,家路についたときに突然閃きました.ずっと抱えてきたアイデアが予期せず私の意識を貫いたような感じでした.遺伝学と光学を組合わせて,脳から情報を「読み取る」のではなく,脳に「書き込む」,コントロールすることができるのでは,と気づいたのです.
Dr. Karl A. Deisseroth(以下Deisseroth) 2000年代初頭ごろですが,私は精神科医の研修を受けていました.精神疾患の患者に電気痙攣療法や経頭蓋磁気刺激の施術をした経験があるのですが,それらがとても非特異的で,ターゲット細胞の周囲の細胞にも影響をおよぼしてしまうことを目の当たりにしてきました.そういったなかで,神経科学では新しいツールのニーズがあることを知ったわけです.
私は分子生物学,生化学,電気生理学のスキルをもっていたので,研修医のころの経験とつなげていきたいなと考えました.そのために光を使うというのは,脳内に非侵襲的に入れられること,自然界に光に反応するタンパク質があることの両面からとても自然な発想でした.
Deisseroth博士はどうして藻類の遺伝子であるチャネルロドプシンに思い至れたのだと思いますか?
Deisseroth ドイツの共同研究者のPeter Hegemann博士のおかげです.素晴らしい光生物学者で長年緑藻の研究をされていました.彼は,緑藻が光で活性化するチャネルをもつという仮説を立てていました.2002年に,彼がScience誌にチャネルロドプシンの同定を報告した際は,多くの神経科学者がその論文に注目したと思います.ですが,アイデアを実行に移すには心理的な障壁があるものです.例えば,ニューロンに植物のタンパク質を発現させることで毒性が出るのでは,という懸念や,どうやってニューロンに光を届けるのか,コファクターは必要なのか,といった疑問が生じます.結果的にほとんどの人は挑戦しませんでした.しかし,うまくいきそうにないと思っても探究心をもってチャレンジするのが大事だと思います.私はチャレンジすることでうまくいって,植物のタンパク質がニューロンの活動をスイッチするという,とてもスリリングな瞬間を見届けることができました.他の研究分野にも当てはまると思いますが,領域同士を橋渡しすることが肝要です.
チャンスは準備をしてこそつかめるものといいますが,アイデアのひらめきにつながったと思う習慣はありますか?
Miesenböck 1つは,生化学から神経科学,といったように自分の研究分野を変えてみることですね.それと私は,一番興味のある対象からかなり離れた分野の文献も読む,という習慣を続けています.時折思い出すのですが,以前はジャーナルの目次をメール上で見るのではなく,図書館に座って実際にページをめくっていましたね.そうしなければ決して見つからなかったようなものもあります.クリエイティビティは予期せぬつながりから生まれるものだと思いますので,つながりに気づくチャンスが増えるよう,オープンマインドになることが大事です.
Deisseroth 私もよく図書館に行っていました.いつも読むジャーナルが何冊かあって,新しい号が発行されるたびに図書館へ行って,最初から最後まで読んでいました.分子生物学だけでなく,宇宙物理学や化学,行動学の記事も読んでいました.
私自身のラボの構成にも同様の考えを取り入れています.すなわち,私のラボにはエンジニアもいれば化学者,医師,基礎生物学者もいます.私の一番の仕事は彼らのコミュニケーションを促すことなんです.例えばエンジニアと生物学者では,話す言語や見方,思考のしかたが違い,対立も生じるわけですが,それを乗り越えることができるのであれば,このラボの構成は研究をとてもパワフルに進められます.トランスフィールドな精神を1つ屋根の下でもつということが重要だと思います.
オプトジェネティクスが神経科学にもたらしたインパクト―複雑な行動を要素に分解
光感受性タンパク質に関する成果で特に印象的なものを教えてください
Miesenböck 2008年に発表したハエの性行動に関する成果です.これは,オスあるいはメスに特有の行動を司る神経回路に関する研究です.私たちは,オスがメスに求愛する行動を,メスがいないときにも誘導することに成功しました.さらに驚くべきことに,通常はその求愛行動を行わないメスの脳にも同様の行動を誘導する能力が隠されていることも判明しました.したがって,脳というのは本質的にはユニセックスであり,高次な少数のスイッチによりオスモードかメスモードかが設定されると考えられます.
Deisseroth 光感受性タンパク質の力を特に感じたのは不安症研究です.不安症は,非常に複雑な症状を呈します.呼吸が荒くなったり,危険な状況を避けたり,気分が悪くなったり,といった症状です.このように多様な不安症のパーツがどのように組合わさるのかを,オプトジェネティクスで明らかにすることができました.
ある脳領域は,脳幹,中脳,視床下部といった,不安症にかかわる複数の領域に投射しています.私たちはオプトジェネティクスでそれぞれの投射を個別に操作することで,不安症において,脳幹は呼吸数を,視床下部は行動を,中脳は気分の悪さをそれぞれ別々に調節しており,協同して不安症の症状を形成することを明らかにしました.
このアプローチは,例えば2014年に共同研究者であるCatherine Dulac博士が報告した子育ての研究にも応用されています.ある脳の制御領域は,子どもの毛繕いを制御する脳領域と,外に行ってしまった子どもを巣に連れ帰る行動を制御する脳領域の2カ所に投射しています.彼女らはオプトジェネティクスを用いて,これら2つの領域が協同して子育て行動を創り出すことを明らかにしました.すなわち複雑な行動は単純なパーツに分解することができ,それらの組合わせとして理解できるということがわかってきたのです.
もう1つ印象的だった研究は,チャネルロドプシンの構造解析です.光学特性をより深く理解するために,主要なチャネルロドプシンについて高精度な結晶構造解析や,クライオ電子顕微鏡による構造解析をしたことは,私のキャリアのなかで最もエキサイティングなフェーズの1つでした.これらの研究の大部分はすばらしい共同研究者である加藤英明博士(東京大学),濡木理博士(東京大学),アメリカで一緒に研究しているYoon Kim博士と行ったものです.この研究でわれわれは,チャネルロドプシンが反応する光の色,反応速度,通過するイオンの種類を改変することに成功しました.通過するイオンが陰イオンか陽イオンかを制御することで,チャネルの効果が興奮性か抑制性かを変えることもできました.これらの研究には現在進行中のものもあります.自然のタンパク質のことをより深く知り,神経科学の新しいツールをつくるのに役立つでしょう.
チャネルロドプシンの改良の経緯について詳しく教えてください
Deisseroth 最初に開発したシステムでは青色光で活性化するチャネルロドプシンを用いましたが,2008年には赤色光で活性化するものを発見しました.そして2019年に遠赤外光で活性化するChRmineというチャネルロドプシンを発見しました.遠赤外光は,生体組織のより深くまで届くという利点があり,これを用いることで非侵襲的に脳をコントロールすることができます.2020年には,ChRmineを用いて,齧歯類の脳において正確なタイミングでニューロンの活動のオン,オフができることを実証しました.光源は動物の身体の外においても光を届かせることができます.これにより,さらなる基礎・応用研究の可能性が拓かれました.
いずれ光以外の刺激で活性化するツールも開発されるのでしょうか?
Deisseroth 磁気や超音波に反応するシステムの研究が,私のラボや他のラボで進行しています.しかし,これらのシステムは複雑で,単一のタンパク質で刺激の検出から電流の惹起まで行えるものはありません.もしこのようなツールが実現すればオプトジェネティクスと補完的に使用することができると思います.しかし,光刺激と比べると,磁気や超音波に関する研究はまだ十分とはいえませんので実現は簡単ではないと思います.
ヒトニューロンの直接刺激による治療の展望
オプトジェネティクスがヒトの疾患治療に応用されるとしたら,どのような役割が考えられますか?
Miesenböck 本技術が医学の発展に向けて果たす役割は2つあります.1つ目は,実験動物における基礎研究で活用し,神経システムをより深く理解することです.疾患の形成に重要な役割をもつニューロンや分子を特定することで,それらを選択的にターゲットする医薬品の開発につながります.例えば,われわれは睡眠を制御する神経回路を明らかにしました.睡眠量を増やしたり覚醒状態を維持したりする治療につながるかもしれません.2つ目はヒトのニューロンを直接刺激することです.すでに,網膜を対象として,視力を回復する治療の臨床試験が進んでいます.網膜以外の組織にも応用可能だと考えられますが,解決すべき問題もあります.遺伝子のデリバリーはもちろんですが,オプトジェネティクスの場合はそれに加えて,光の送達という課題があります.対象が体表側で小さな領域の場合はそれほど問題にはならないと思われますが,深部組織であったり,大きなポピュレーションをターゲットするのは簡単ではないでしょう.ただ,最も大きな問題はわれわれの知識不足です.正常な脳機能と,精神疾患患者の脳に生じている異常について得られている知見は,合理的な治療をするにはまだ初歩的すぎるといわざるをえません.
Deisseroth Miesenböck博士のおっしゃる通りだと思います.特に1つ目の役割に関して,神経システムと脳機能の因果関係を明らかにできることは基礎研究のみならず臨床的な観点からも非常に重要です.例えば,精神科では磁気で脳の一部の領域を活性化する治療法がありますが,具体的にどのニューロンの活性化が寄与しているかはわかっていません.オプトジェネティクスで得られる知見によって,磁気刺激,電気刺激,薬,いずれを用いた治療も,原理にもとづいたよりパワフルなものにすることができるでしょう.
2つ目の,ヒトの神経の活動を直接制御する治療については,すでに役割がわかっていて,かつアクセスしやすい位置にあるニューロンを対象とした治療法開発に研究の余地があります.Miesenböck博士が言及した網膜組織は,その基準を満たしているわけです.安全に遺伝子をデリバリーでき,中枢神経で炎症を誘導するリスクが非常に小さいです.他には,疼痛に対しても使えるでしょう.局所疼痛症候群,糖尿病性ニューロパチー,外傷性ニューロパチーなどで,痛みの原因となっている標的細胞の活動をオフにすることができると考えられます.それから脊髄損傷です.脊髄損傷があると排尿障害となり,QOLに大きな影響があります.脊髄損傷のある患者は,歩けるようになるよりも排尿のコントロールができるようになる方を優先するという調査もあります.必要なのは,特定のニューロンのオンとオフを適切なパターンで行うことです.ターゲットすべきニューロンの位置,機能はわかっているのですが,電極を用いる古典的な手法では,それらのニューロンを適切なパターンでオン,オフすることは不可能でした.オプトジェネティクスであれば,この治療の実現が可能だと考えられます.
若いからこそできるチャレンジが大きな発見につながった
お2人とも30代で受賞対象の研究を発表されています.アーリーステージでのキャリアにとって重要なことを教えてください
Miesenböck 私の受賞対象の研究は,アメリカに拠点を置いていたころのものです.アメリカのテニュアトラックの制度は,独立のキャリアをはじめるのに最適なものだと思います.若い科学者が完全に独立でき,十分なリソースを提供してもらえる数少ない国だからです.科学者を若いうちに独立させることと,リソースを適切に配分することはイノベーションを生むために非常に重要な要素です.私は現在イギリスに拠点を置いていますが,問題なのは,若い科学者に十分なリソースが行き届いておらず,メンターに実験機器や資金といった面で依存しなければならないことです.イノベーションを生む土壌としては十分ではないと思います.
Deisseroth Miesenböck博士は非常に重要な点を指摘されたと思います.若い科学者が独立して最初の研究費を獲得するのは難しくなってきています.アメリカはMiesenböck博士のおっしゃるよう,若い科学者をサポートする体制があります.このような体制が失われないようにすべきです.
最後に,これからを担う若手研究者に向けてメッセージをいただけますでしょうか?
Miesenböck 私はよくツール開発者だとみなされることがありますが,私は意図的にツール開発の道を選んだわけではありません.私はなによりもまず神経科学者ですので,生物学的なプロセスが出発点としてあります.ただ,プロセスを理解するためにはツールが必要なのです.それを自分でやらなければいけなかった,ということです.若い研究者にアドバイスするとしたら,私に「オプトジェネティクスを学びたい」とメールしないことです.オプトジェネティクスはパワフルなツールであることは間違いありませんが,あくまで自然の摂理を知るという目的を達成するための手段でしかないからです.
Deisseroth 私がチャネルロドプシンを使って最初の実験を行ったのは,2004年7月1日,私が32歳のときでした.自分の新しいラボを立ち上げ,研究費は多くありませんでしたが,エネルギーとチャレンジする意志に満ちていましたので,他人から見たら奇妙かもしれないことにも挑戦することができました.チャネルロドプシンを使った実験は,私が十分に若かったからこそできたのだと思います.正直にいえば,とてもリスキーでした.ほとんどの人がうまくいかないと思っていて,自分でも成功の可能性は小さいと感じていました.それでも,やはり挑戦するべきだというのが私の考えです.
数々の貴重なお話をありがとうございました
執筆:実験医学編集部 姉川大輔,早河輝幸
謝辞 取材にあたりまして,公益財団法人 国際科学技術財団にご協力を賜りました.この場を借りて深謝いたします.
文献
1) Lima SQ & Miesenböck G:Cell, 121:141-152, doi:10.1016/j.cell.2005.02.004(2005)
2) Clyne JD & Miesenböck G:Cell, 133:354-363, doi:10.1016/j.cell.2008.01.050(2008)
3) Yizhar O, et al:Nature, 477:171-178, doi:10.1038/nature10360(2011)
Gero Miesenböck(オックスフォード大学神経回路・行動学研究所 ウェインフリート生理学教授):1965年オーストリア生まれ.’91年,インスブルック大学にてM.D.を取得.メモリアルスローンケタリングがんセンター,コーネル大学,イェール大学を経て,2007年よりオックスフォード大学 教授に就任.主な受賞歴はThe Brain Prize(’13年),Rumford Prize(’16年),Shaw Prize in Life Science(’20年).(プロフィールはJapan Prizeプレスリリースをもとに編集部作成)
Karl A. Deisseroth(スタンフォード大学医学部バイオエンジニアリング学科・精神医学学科 教授/ハワード・ヒューズ医学研究所 教授):1971年米国生まれ.スタンフォード大学にて’98年にPh.D.を,2000年にM.D.を取得し,精神科医として勤務.’04年より同大学でPIとしてラボを運営しながら研究を継続し,’12年に教授となる.主な受賞歴はPresidential Early Career Award for Scientists and Engineers(’05年),Breakthrough Prize in Life Sciences(’15年),Harvey Prize(’17年),京都賞(’18年).(プロフィールはJapan Prizeプレスリリースをもとに編集部作成)


