はじめに
2025年のノーベル生理学・医学賞が,“末梢性免疫寛容機構に関する発見”に対して,Mary E. Brunkow博士,Frederick J. Ramsdell博士,そして坂口志文博士に授与され,“免疫寛容”という生命現象に注目が集まっている.
『岩波 生物学事典(第5版)』(岩波書店)によると,免疫寛容(免疫トレランス)とは,「特定の抗原に対する免疫応答が抑制されている状態」,と定義されている.ここでは対象となる抗原は問われていないが,歴史的には,免疫寛容は自己抗原に対する寛容,すなわち自己免疫を防ぐしくみを中心に理解されてきた.しかし,寛容の対象は自己抗原だけではない.常在微生物叢,食物,胎児など,非自己であるが排除せず共生すべき対象が存在する.一方,自己由来のがん細胞は排除されるべき対象となり,慢性感染症においては,病原体排除と免疫応答に伴う組織傷害の回避との間にトレードオフが生じる.このように,抗原が自己か非自己かという属性と,排除と寛容のどちらに向かうかは必ずしも一致せず,自己・非自己という枠組みだけでは,免疫寛容の実態や役割を十分に説明できない.
これまでに,抗原特異的リンパ球のクローン除去や不活化(アナジー),疲弊,制御性T細胞(regulatory T cells:Treg)による抑制など,さまざまな寛容メカニズムが提唱されてきた.従来,免疫寛容は,胸腺・骨髄において自己抗原に対して成立する中枢性寛容と,成熟リンパ球を末梢で不活化・抑制する末梢性寛容に分類されてきた(図).今回のノーベル賞は,Tregに関する一連の発見を“末梢性免疫寛容機構の発見”として位置づけたことになる.しかし,この位置づけは,多くのTregが胸腺で自己抗原への反応性をもとに積極的に選択されることを考えると,寛容機構の実態を十分に捉えているとは言いがたい.胸腺ではクローン除去とTreg選択という異なるロジックの寛容機構が働いているためである.
免疫寛容は,誘導される場所に基づく中枢性・末梢性寛容と,成立のロジックに基づく潜性・顕性寛容という独立した2つの軸で整理できる.潜性寛容は抗原特異的クローン自身の除去や機能変容により,顕性寛容はTregなど別のクローンによる能動的制御により成立する.これらの機構は,自己抗原だけでなく,常在微生物叢,食物,胎児,がん細胞,持続感染病原体など多様な対象に対する免疫寛容に関与する.
そこで本稿では,“潜性”寛容(recessive tolerance)と“顕性”寛容(dominant tolerance)という,寛容のロジックに基づいて免疫寛容を捉え直すことを提案したい.そうすることで,新しい免疫学への扉が開かれ,さらに疾患治療へとつなげる枠組みが得られると筆者は考えている.
免疫寛容の2つの原理:潜性寛容と顕性寛容
潜性寛容と顕性寛容という対概念は,遺伝学で用いられる潜性と顕性とのアナロジーにより,António Coutinho博士らによって1990年代初頭に提唱された1).潜性寛容とは,「寛容の対象となる抗原に反応するリンパ球クローン自身がクローン除去により物理的に排除されるか,アナジーにより機能的に不活化されなければ寛容が成立しない」という考え方である(図).加えて,慢性的な抗原刺激によってT細胞の増殖能とエフェクター機能が制限されるT細胞疲弊という機構も,抗原に反応するT細胞自身の機能障害によって成立するという意味で,潜性寛容の一機構と捉えることができよう2).つまり,潜性寛容とは抗原特異的クローン自身の除去あるいは機能変容によって成立する細胞自律的な(cell-intrinsicな)寛容原理と捉えることができる.
一方,顕性寛容とは,寛容を破綻させうる抗原特異的クローンが存在していても,別のクローンの働きによって制御されて寛容が能動的に成立する細胞非自律的な(cell-extrinsicな)寛容原理である(図).1980~90年代初頭にかけて,自己免疫疾患や移植免疫寛容の実験モデルにおいて,寛容を能動的に成立させるT細胞の存在が示唆され3)〜6),1995年に坂口博士がCD4+CD25+ Tregを同定し,顕性寛容の考え方が徐々に広まっていった6).そのような状況のなか,Brunkow博士,Ramsdell博士らにより自己免疫疾患の原因遺伝子としてFoxp3が同定された.そして,Foxp3がTregの分化と機能を司るマスター転写因子であること,Foxp3変異マウスが発症する自己免疫疾患が抑制機能をもったTregの欠損により引き起こされることが示され,Tregによる顕性寛容機構が自己寛容にとって必須の役割を担うことが明らかになった7).
この潜性・顕性寛容とは,寛容が誘導される場所に基づいた中枢性・末梢性寛容という分類とは独立した,寛容のロジックに基づいた分類である.胸腺における中枢性寛容のなかには,自己反応性T細胞のクローン除去という潜性機構に加え,Treg分化という顕性機構も含まれる(室・新田の稿,村上・堀の稿,三上・坂口の稿)(図).また,末梢においても,Tregによる顕性寛容に加え,クローン除去,アナジー,T細胞疲弊といった潜性寛容も働く.Tregによる顕性寛容には,胸腺で分化するTreg(thymus-derived Treg:tTreg)に加え,末梢で分化するTreg(peripherally induced Treg:pTreg)による抑制も含まれ,腸内細菌や食物(永島の稿),胎児などに対する寛容に重要である(図).一方,がん組織にもTregが集積し,抗腫瘍免疫応答の抑制にかかわる(西村・小山の稿).
潜性寛容と顕性寛容は原理的には異なる寛容機構であるが,分子・細胞レベルでは必ずしも独立して働くわけではない.実際,Tregが抗原提示細胞の共刺激能を低下させたり,PD-1シグナルを増強することによって,抗原特異的T細胞のアナジーやクローン除去などの潜性寛容機構を誘導・増強することが示唆されている8)〜10).このように,生体内では両者が連携して寛容状態を形成しているのである.
潜性寛容と顕性寛容から見えてくる新しい世界
自己反応性がもつ積極的な意味
では,潜性・顕性寛容という分類を導入することには,どのような意義があるのだろうか.単に個々の寛容機構を整理すること以上に,免疫系そのものをどう捉えるかというパラダイムを,主に2つの点で転換することにあると筆者は考えている.
第一の意義は,潜性寛容では自己反応性が排除・不活化すべき危険な性質として捉えられるのに対し,顕性寛容では自己反応性そのものが寛容を成立させるために積極的に利用される点にある.胸腺髄質上皮細胞では,“組織特異的”抗原を含む多様な自己抗原が発現している(室・新田の稿).これら自己抗原を認識するT細胞受容体(T cell receptor:TCR)を発現するT細胞の一部はクローン除去により排除されるが,健常個体の末梢には自己免疫疾患を惹起しうる機能的な自己反応性T細胞が存在している.ここで重要なのがこうした自己反応性T細胞はTregにより抑制されるが,その一方で,Treg自身も胸腺においてTCRを介して自己抗原を認識し,分化することにある11).もっとも,Tregが具体的にどのような自己抗原を認識することにより分化するのか,その抗原認識がどのようにクローン除去とTreg選択という異なる運命を決定するのか,多くの謎が残されている.
自己抗原を認識することにより分化したtTregは,末梢で自己抗原を再認識して活性化され,エフェクターTregへと機能分化し,高い抑制活性を発現して自己寛容に寄与すると考えられている.マスター転写因子Foxp3の1つの重要な機能は,抗原認識により活性化される転写因子群と協調することで,Tregの抑制機能を活性化させるということである(村上・堀の稿).つまりFoxp3は,自己反応性という性質そのものを危険なものとして抑制するのではなく,それを免疫活性化ではなく免疫抑制へと結びつけることで,自己反応性の意味を変換しているのである.
興味深いことに,Tregは有害な免疫応答を抑制するだけでなく,組織修復や組織幹細胞の維持,代謝制御などを通じて組織恒常性を直接支えることも明らかになってきた12).このように,顕性寛容機構の発見によって,自己反応性は単なる自己免疫のリスクではなく,自己寛容や組織恒常性を通じて「自己」という個体の成立と維持を支える基盤として,積極的な意味をもつことが明らかになってきた.
クローンからネットワークへ
第二の意義は,免疫系を個々のクローンだけでなく,クローン間の関係から捉える視点をもたらす点にある.古典的なクローン選択の枠組みでは,免疫寛容の問題を,抗原特異的クローンが活性化されるのか,除去されるのか,不活化されるのかという個々のクローンレベルの問題に還元してきた.それゆえに,免疫寛容もまた,危険な自己反応性クローンを除去または不活化する潜性寛容モデルを中心に理解されてきた.
それに対して顕性寛容モデルでは,病原性をもつ自己反応性クローンが存在するか否かだけでは,個体が寛容であるかどうかは決まらない.同じ自己反応性クローンが存在していても,それを取り巻くTregクローンとの関係によって,病原性を発揮する場合もあれば,寛容な状態が保たれる場合もある.したがって,個々のクローンの性質に加え,抑制するTregクローンと抑制されるリンパ球クローンがどのような関係を形成しているかを問う必要がある.すなわち,免疫学の焦点は,個々のリンパ球クローンが何を認識し,どのような運命をたどるかという問題に加えて,異なるクローン間の相互作用が免疫系全体の応答をどのように形づくるかという問題へと拡張される.つまり,免疫系を記述するレベルが,個々のクローンから,クローンが形成するネットワークの階層へと上がることになる.
言い換えれば,免疫系が排除に向かうか寛容に向かうかという状態は,個々のクローンの性質の単純な総和ではなく,異なるクローン間に形成される関係性によって規定されるのではないか,ということである.ここでは,異なる抗原特異性と機能をもつリンパ球クローンの間に形成される相互作用のネットワークを“クローン間相互作用ネットワーク”とよぶ.このような見方は,免疫系を“抗原中心・クローン中心”に捉える立場から,クローン間相互作用ネットワークが個体全体の恒常性をどのように維持するかを問う立場へと視点を広げることを意味する13).
寛容の個体にとっての意味を問う
クローン間相互作用ネットワークという視点に立てば,次に問うべきは,そのネットワークによって,何を基準としてある応答は許容され,また別の応答は抑制されるのか,ということである.前述のように免疫系が寛容を示しうる対象は,自己抗原,常在微生物叢,食物,胎児,がん細胞など,自己・非自己の枠組みを超えて多岐にわたる.自己抗原,常在微生物叢,食物,胎児などへの寛容は個体の恒常性や生殖に不可欠である(室・新田の稿,村上・堀の稿,岡崎一美・岡崎拓の稿,永島の稿,三上・坂口の稿)(概念図).一方,慢性感染ではT細胞疲弊やTregによる抑制が病原体排除を犠牲にしながら免疫応答による組織傷害を抑え,がんでは同じ寛容機構が腫瘍に利用されて個体の生命を脅かす(岡崎一美・岡崎拓の稿,西村・小山の稿).したがって,個体における免疫寛容の意味は,抗原が「自己」か「非自己」かという属性だけからは決まらず,その抗原に対する免疫応答が個体にどのような帰結をもたらすかという観点から捉える必要がある.これにより「何に対して寛容になるのか」という抗原を起点とした問いから,「誰のために,何のために寛容になるのか」という個体を起点とした問いへの視点の転換が生じる.
本特集の各論を,免疫寛容の「基本機構」,「組織・病態に応じた免疫寛容」,「治療への応用」の3つの観点から整理した.中枢性免疫寛容,Tregによる適応的免疫制御,免疫チェックポイントの基本機構から,腸内細菌・食物抗原,腫瘍環境における免疫寛容,さらにTregを利用した免疫疾患治療までを俯瞰する.
もちろん,「何のための寛容か」という問いに対して求められる説明は,「免疫寛容は個体を守るために存在する」という目的論的なものではない.免疫寛容を支えるクローン間相互作用ネットワークが進化の過程でどのように選択され,個体発生の過程でどのように形成され,個体の恒常性維持にどのように寄与するのかという,進化論的・機構論的な問いとして捉える必要がある.そのように考えれば,免疫寛容を単に「抗原への不応答」としてではなく,「免疫応答による個体への不利益を制御し,個体の恒常性を維持するしくみ」として捉え直すことができる.それにより,自己免疫,腸管免疫,アレルギー,慢性感染,がんを1つの枠組みのなかに位置づけることができよう.
免疫寛容を疾患治療のために操作する
免疫寛容の成立と破綻は,自己免疫疾患,炎症性腸疾患,アレルギー,移植片拒絶,がん,慢性感染症など,さまざまな疾患に関与している.したがって,寛容機構を人為的に操作することで,これらの疾患の治療につながると考えられる.
潜性寛容の考えに立てば,自己免疫疾患などの病的免疫応答に対しては,病原性リンパ球クローンを除去・不活化する,あるいはそれらが引き起こすエフェクター応答を遮断することが治療戦略となる.一方,がんや慢性感染症に対しては,リンパ球のアナジーや疲弊を解除したり,がん細胞や病原体を排除できるリンパ球を補ったりすることになる.これまでにも,免疫抑制薬,炎症性サイトカインに対する抗体医薬,免疫チェックポイント阻害薬,CAR-T細胞療法など,多様な治療法が開発され,実際に大きな治療効果を上げてきた(岡崎一美・岡崎拓の稿,西村・小山の稿).しかし,これらの治療法には「選択性」という共通の課題がある.病原性リンパ球は特定の抗原を認識するクローンであっても,それらを操作するために標的とするシグナル分子やサイトカインは,病原性クローンだけに特異的なものではない.そのため,現行の治療法は高い効果を示す一方,病原性クローンだけを選択的に操作することは難しく,腫瘍免疫や感染免疫の低下,あるいは免疫関連有害事象などのリスクを伴う.
それでは,顕性寛容を利用したアプローチはどうであろうか.顕性寛容の視点に立つと,治療の目標は病原性クローンを消すことではなく,病原性クローンが存在していても組織傷害に至らないように,免疫細胞と組織細胞からなるネットワークの要素間の関係性を再編し,そのふるまいを是正することになる.自己免疫疾患など,過剰あるいは不適切な免疫応答によって起こる疾患では,Treg,特に抗原特異性を付与したTregを利用することで病的な免疫応答を選択的に抑制できるのではないかと期待されている14).現在,ポリクローナルTregに加え,誘導型TregやCAR-Tregを利用した細胞療法が世界的に試みられている(三上・坂口の稿)(図).逆に,がんでは,腫瘍局所に存在するTregを選択的に除去したり,その機能を抑制する治療が検討されている(西村・小山の稿).
もっとも,顕性寛容を利用すれば,それだけで治療選択性が得られるわけではない.Tregを全身的かつ非特異的に増減させれば,抑えるべき免疫応答だけでなく,維持すべき感染防御や腫瘍免疫にも影響が及ぶであろう.Tregは特定の抗原を認識して活性化する一方,その抑制作用は,同じ抗原を認識するT細胞だけでなく,共通の抗原提示細胞や局所環境を共有する異なる抗原特異性のリンパ球クローンにも及びうる14).つまり,Tregを活性化する「入口」は抗原特異的であっても,その抑制作用が及ぶ「出口」は抗原特異的とは限らない.この性質を考えれば,どの抗原を認識するTregが,どの組織で,どの抗原提示細胞やエフェクターT細胞クローンと相互作用し,その制御作用がネットワークのどの範囲まで及ぶのかを明らかにすることが重要である.それにより,個々の抗原に対する免疫応答がクローン間の関係性を通して精緻に調律され,免疫寛容を介して個体の恒常性が維持されるしくみが明らかになり,疾患を選択的に制御することが可能になるだろう.
おわりに
潜性・顕性寛容というロジックから免疫寛容を捉え直すことで,自己反応性の積極的な意味,クローン間相互作用ネットワーク,そして個体レベルでの寛容という新たな視点が見えてくる.免疫寛容の研究は「何に反応し,何に反応しないか」を問う学問から,「免疫系が個体をいかに成立させ,維持するか」を問う学問へと広がりつつある.この理解が,より選択的な免疫制御と疾患治療へつながることを期待したい.

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文献
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参考図書
・ 遠藤智之&出村政彬:「詳報 ノーベル生理学・医学賞 制御性T細胞の輪郭を突き止めた」日経サイエンス2025年12月号(2025)
堀 昌平:東京大学大学院薬学系研究科教授.1993年東京大学薬学部卒業,’98年同大学院薬学系研究科博士課程修了,博士(薬学).Instituto Gulbenkian de Ciência,京都大学再生医科学研究所(現京都大学医生物学研究所),理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター,同統合生命医科学研究センターを経て,2016年より現職.Treg分化・機能制御機構の研究に取り組んできた.今後は,顕性寛容の理解から,免疫系を捉えるうえで重要な課題として浮かび上がってきたクローン間の関係性に焦点を当て,新しい免疫の原理を探求したい.
Tolerance is self-assertion
私が免疫寛容の世界に足を踏み入れたきっかけは,António Coutinho先生の論文との出会いでした.大学院で昆虫の変態に伴うマクロファージの「自己認識の転換」を研究していた私は,「自己」が個体発生のなかで形成・変容する原理に強く惹かれていました.そんな折,当時主流であった潜性寛容の考え方に真っ向から異を唱え,Tregによる顕性寛容の重要性を説き,その統一的モデルを大胆に提唱するCoutinho先生の論文に出会いました.なかでも “tolerance is self-assertion”―自己とは無視される存在ではなく,リンパ球同士の相互作用を通して能動的に「主張」されるものである―という発想に強い衝撃を受け,彼のもとへ留学しました.そこで坂口志文先生と出会い,後にFoxp3の研究に携わることになります.今もなお,この言葉に魅せられ,免疫系において「自己」がいかに形づくられ,変容してゆくのか,その原理をぜひとも明らかにしたいと思っています.(堀 昌平)


