実験医学:特集1:疾患の運命を握るRNA修飾 技術革新が紐解くがん・代謝・免疫との新しい関係/特集2:創薬スタートアップの先駆者が語る掟と現実 「谷」を越えるチームづくりから知財戦略・資金調達まで
実験医学 2025年7月号 Vol.43 No.11

特集1:疾患の運命を握るRNA修飾 技術革新が紐解くがん・代謝・免疫との新しい関係/特集2:創薬スタートアップの先駆者が語る掟と現実 「谷」を越えるチームづくりから知財戦略・資金調達まで

  • 魏 范研,鈴木 勉/編,深津幸紀/企画
  • 2025年06月20日発行
  • B5判
  • 134ページ
  • ISBN 978-4-7581-2593-2
  • 2,530(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり

概論

特集1 概論

RNA修飾の分子・生理的意義と最新動向
Biological significance and emerging trends in RNA modifications

魏 范研,鈴木 勉
Fan-yan Wei1)2)/ Tsutom Suzuki3):東北大学加齢医学研究所モドミクス医学分野1)/東北大学大学院薬学研究科モドミクス薬学分野2)/東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻3)

近年,RNAに施される化学修飾―すなわちエピトランスクリプトーム―が,転写後遺伝子発現にかかわる重要な調節機構として注目されている.RNA修飾がスプライシング,核外輸送,安定性,翻訳制御,さらには細胞外での機能にまで関与することが明らかとなっている.tRNAやrRNAといった構造RNAに加え,mRNA,miRNA,さらにはlncRNAや環状RNAなどさまざまなRNA種が修飾の標的となり,それぞれの生理機能に深く関与している.特に近年,RNA修飾がさまざまな疾患病態にかかわり,“RNA修飾病”という概念も提唱されている.本特集では,RNA修飾についての基礎研究から病態への影響,そして革新的な解析技術まで,分野横断的な観点からその最前線を俯瞰する.

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 はじめに

RNA修飾は,tRNAに施される多様な修飾(メチル化,糖鎖化,イソペンテニル化など)から,mRNAに存在するm6A(N6-メチルアデノシン)やΨ(シュードウリジン)といった機能的修飾まで,これまでに150種類以上報告されている.例えばmRNAのm6A修飾は,mRNAのスプライシング,安定性,翻訳効率,局在など多段階で遺伝子発現に関与しており,細胞分化,免疫応答,造血,発生などさまざまな生命現象において必須である.こうしたRNA修飾は,特定の酵素群によって精密に制御されている.修飾を導入する“writer”酵素(例:METTL3/METTL14複合体),修飾を除去する“eraser”酵素(例:FTO,ALKBH5),修飾を認識する“reader”タンパク質(例:YTHファミリー,IGF2BPファミリー)などから構成される動的な制御機構により,細胞応答や環境変化に適応した迅速な遺伝子発現制御が可能となる.

一方で,tRNA修飾はより構造的・恒常的な役割を担っており,翻訳の精度を担保し,tRNAの立体構造安定性を維持している.tRNAのアンチコドンループに存在する修飾はコドンとアンチコドンの相互作用を制御することで,正確な遺伝暗号の解読を可能にする.近年の全ゲノム遺伝子解析の進歩により,tRNA修飾酵素をコードする遺伝子の病因性変異が多く見つかってきており,神経系や内分泌系など多様な臓器に障害を引き起こすことが報告されている.また,tRNAをコードする遺伝子にも多くの病因性変異が報告されている.例えばミトコンドリアDNAがコードするtRNAに生じる病原性変異の一部はMELASやMERRFに代表されるミトコンドリア病の原因として知られている.これらの変異によるミトコンドリアtRNAの構造異常がアンチコドン領域のタウリン修飾(τm5U,τm5s2U)の欠損を誘発することで,ミトコンドリアの翻訳と代謝が障害され,その結果MELASやMERRFが発症する.このように,RNA修飾酵素の機能喪失またはRNAの変異によって修飾が欠損するという新しい疾患の概念として“RNA修飾病”が提唱されている.加えて,tRNA修飾に関与する酵素群のなかには胚性致死を引き起こすものも多く,発生や分化の必須因子としての役割も見逃せない.

さらに,非コードRNA,特にmiRNAにおいても,m6Aをはじめとする修飾がその前駆体のプロセシングや成熟,標的タンパク質の結合性の制御に関与することが示されており,非コードRNAと修飾の機能的カスケードの重要性が強調されている.また,RNA修飾による翻訳の正確性やスピードの調節機構が明らかになるにつれ,エピトランスクリプトームは細胞応答や恒常性維持のセンサーとして機能する可能性も指摘されている.

近年の動向

RNA修飾研究は,分子生物学から病理学,薬学,計測科学にまで新たな拡がりを見せている.特筆すべきは,修飾RNAの分解によって生じる修飾ヌクレオシドが,単なる代謝産物ではなく,細胞外で液性因子として生理機能を有するという発見である.特にm6Aは,アデノシンA3受容体の強力なリガンドとして機能し,免疫応答やアレルギー反応のトリガーとなる可能性が示されている.これはRNA修飾が細胞外情報伝達にまでかかわるという概念の拡張を意味しており,従来のトランスクリプトーム研究とは異なる代謝・分泌の観点からRNA修飾の機能を再定義することが求められている.また,RNA修飾と修飾の作用に関する網羅的解析法として,RNA修飾に対する抗体や化学的な手法による修飾改変と次世代シークエンスを組み合わせた方法,あるいはリボソームに含まれる翻訳中のmRNA断片を解析するリボソームプロファイリング法が開発され,RNA修飾の生理機能解析に対する理解をゲノムワイドのスケールで深化させてきた.最近では,従来のシークエンス技術と一線を画すナノポアシークエンシング技術が大きく進展している.従来の抗体や化学処理法では困難であった1分子レベルでの修飾の検出が,深層学習ベースのアルゴリズムの導入により現実化しつつある.複数の修飾を同時に同一リードから読み解くことも可能となり,修飾とスプライシングの関係性やアイソフォーム特異的修飾の解明が期待される.加えて,ノイズを低減するためのフィルタリングツールの開発や,修飾パターンを予測するAI モデルの導入も進みつつあり,RNA修飾解析は今やバイオインフォマティクスのなかでも最先端の技術領域へと進化している(概念図).

本特集の構成

本特集の各論は,RNA修飾の分子機構,生理機能,疾患,そして技術革新に至るまで多層的に展開されている.藤らの稿で解説するmRNA修飾と翻訳制御の関係は,翻訳効率の動的制御という視点から,tRNA修飾により翻訳精度を担保する中條の稿鈴木らの稿と好対照を成しており,さらにその精緻な翻訳制御の破綻が神経疾患やミトコンドリア病といった特定病態に結びつく構造となっている.中村・竹内の稿では免疫分野におけるm6A修飾の役割が,炎症応答から造血に至るまで多様な免疫細胞の運命を左右することを示している.これは今野の稿のmiRNA修飾によるがんの悪性化機構の解明と診断応用と地続きに理解され,RNA修飾は疾患の理解と診断に不可欠な視点になりつつある.一方,齋藤・金子の稿が明らかにしたm7G修飾と精子形成の特異的な連関は,tRNA修飾が臓器特異的に発現型を有する例を示しており,普遍的なtRNA修飾が有する臓器特異性という観点が今後の焦点になるであろう.また,小川の稿で示す修飾ヌクレオシドの細胞外での液性因子としての機能は,従来の細胞内制御に留まらないRNA修飾の機能領域を拡張し,RNAの“代謝産物”に新たな意味を付与する知見である.これらを支える基盤技術として,上田の稿のナノポアシークエンス技術は,多様な修飾を網羅的に読み解く手段を提供しており,RNA修飾研究の統合的理解に不可欠な位置づけを占める.こうした多面的な視座を交差させることで,本特集はRNA修飾研究の全体像を浮かび上がらせている.

おわりに

RNA修飾研究は,ゲノム・エピゲノム・トランスクリプトームに次ぐ新たな分子階層の理解を進めるうえできわめて重要なフロンティアである.基礎から応用まで,多様な視点と手法の統合が求められており,異分野からの新規参入がこれまで以上に期待される.細胞外における修飾ヌクレオシドの機能,疾患特異的な修飾異常の診断応用,1分子検出技術の進化―いずれも未踏の領域が広がっている.RNA修飾の「機能化」,「疾患応用化」は今まさに動き出したばかりであり,本特集が次なる挑戦への一助となれば幸いである.

本記事のDOI:10.18958/7757-00001-0006049-00

著者プロフィール

魏 范研:東北大学加齢医学研究所教授.2025年より,東北大学大学院薬学研究科モドミクス薬学分野教授兼任.’06年~’09年までHFSP長期フェローとしてYale大学医学部精神科Angus Nairn教授の研究室に留学.’09年から熊本大学大学院分子生理学分野(富澤一仁教授)に赴任.RNA修飾に出会う.RNA修飾の本質的理解とヒトへの応用をめざしている.体重計に乗ることを日課にしている.

鈴木 勉:東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻・教授.2020年より,JST ERATO鈴木RNA修飾生命機能プロジェクト研究総括に就任.生命現象の分子的な側面をあぶりだすことを信念としている.平日はプールで1マイル泳ぐことを日課にしている.

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