実験医学:特集1:細胞外小胞学の次の10年 世界で進展する最先端のエクソソーム・EV研究と臨床応用/特集2:RNAウイルスハンティング2.0 なぜいま新発見が相次ぐのか?
実験医学 2025年8月号 Vol.43 No.13

特集1:細胞外小胞学の次の10年 世界で進展する最先端のエクソソーム・EV研究と臨床応用/特集2:RNAウイルスハンティング2.0 なぜいま新発見が相次ぐのか?

  • 横井 暁,中川 草,坂口翔一/編
  • 2025年07月18日発行
  • B5判
  • 132ページ
  • ISBN 978-4-7581-2594-9
  • 2,530(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり

概論

特集1 概論

細胞外小胞学の次の10年を見据えて
Looking ahead to the next decade of extracellular vesicle research

横井 暁
Akira Yokoi:名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学/名古屋大学医学部附属病院産科婦人科/名古屋大学高等研究院

エクソソームを中心とした細胞外小胞研究が興隆し10年余り,細胞間コミュニケーションツールとしての機能が次々と明らかになり,細胞外小胞の応用研究が急速に進む一方,再現性のある機能解析を行ううえでの課題も蓄積され,研究の質向上に向けた取り組みは国際細胞外小胞学会を中心に世界的に行われている.細胞外小胞に関する市場は拡大の一途をたどっており,昨今は細胞外小胞に対する社会理解が玉石混交となりつつある.次の10年を見据え,今あらためて多様な生物学領域における最先端の知見を結集することで,細胞外小胞研究がもつ魅力や,さまざまな分野横断研究による大いなる可能性を紹介する.

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 はじめに

医学生物学研究は日進月歩の進化を遂げており,日々数多くの新たな発見や技術革新が生み出されている.あらゆる細胞が放出する,さまざまな生理活性物質を搭載した100 nm前後の小さな脂質二重膜小胞であるエクソソームの発見もその1つであり,今ではエクソソームは細胞外小胞(extracellular vesicle:EV)のうち,エンドソーム膜に由来するサブタイプとされている.エクソソームという概念が医学生物学領域に登場しはじめた2010年以降,この分野では,新たな生理活性分子標的の発見や革新的な解析モダリティの開発など,従来の枠組みを超えた多様な進展がみられてきた1).とりわけ,細胞培養液や生体由来の体液中に,EVというこれまで十分に解析されてこなかった複雑な構造体が存在するという事実は,多くの研究者にとって強い魅力となったことは想像に難くない.わが国においてEV研究が本格化した2015年頃からの10年間,黎明期・成長期・過熱期という段階を経て,EV研究は1つの確固たる学術領域として確立されるに至った.基礎生物学から応用医学研究へと展開し,現在ではEVを活用した社会実装も現実味を帯びてきている.しかしながら,この急速な発展の裏側で,正しく適切なEV基礎研究および応用研究に向けた着実な歩みの重要性を,強く実感する機会が増えている.“正しい”という言葉は,ともすれば排他的で傲慢な響きを伴うこともあるが,ここで意図するのはむしろ逆である.広く知見をオープンに共有・協議し,多様な領域,異なるキャリアフェーズの研究者同士がネットワークを形成することで,裾野の広い細胞外小胞学を育てていくことこそが,次の10年に求められると考える.本特集では,分野横断的に最前線の知見を紹介し,進化を止めることのないEV研究の現在地と未来への可能性を提示する.

EV基礎生物学研究の根幹

本邦におけるEV研究の発展は,本誌『実験医学』でもたびたび取り上げられてきた.2011年1月に刊行された『実験医学』Vol.29 No.3(企画/落谷孝広先生)において,初めてエクソソームの概念が本格的に紹介され,エクソソーム中の生理活性物質が多様な生命現象において機能するという事実は,当時の研究者に大きな衝撃を与えた.その後も,2014年発行の実験医学別冊『エクソソーム解析マスターレッスン』や,2020年発行の実験医学別冊『決定版エクソソーム実験ガイド』といった実用的な実験書により,EV研究における適切な取り扱いや解析手法が平易に解説され,研究者に広く受け入れられることとなった.EV研究の黎明期から現在に至るまで,EVの基礎研究は「形成」「分泌」「標的細胞への取り込み」の3つを中心に発展してきた2).しかし,分離精製法や搭載分子,起源リソースやEV自体の多様性に関する理解が進むなかで,これら基礎的プロセスについても依然として活発な議論がなされている(概念図).また解析技術の進歩も相まって,現在も新たな知見が次々と報告されている3)〜5)

EVは当初,体液を介して全身を循環し,遠隔臓器に機能的影響を与えると考えられ,多くのマイルストーンとなる研究成果が報告された6).しかし,実際の生体内において,EVがどれほどの量・質で遠隔作用を果たしているのか,あるいは近傍での作用であっても明確に実証された例はいまだ多くはない.本特集の冒頭で紹介する皆川の稿では,小胞が隣接細胞間で輸送されるという新たな概念に着目している.従来のEV研究で頻繁に用いられてきた「細胞間情報伝達」や「細胞間コミュニケーション」といったキーワードに,新たな視点を加えるきわめて興味深い知見である.

EVの生成機構,特にエクソソームの形成については,これまで多小胞体(multivascular body:MVB)を経由して膜融合によって細胞外へ放出される,というメカニズムが一般的に受け入れられていた.しかし,近年では細胞内オルガネラの解析技術が著しく進展し,既知の機構との共通点や相互関係に着目した新しい仮説が次々と提示されている7)栁川・吉森の稿では,オートファジーの負の制御因子として知られるRubiconに注目し,エクソソームを含むEV分泌制御機構の詳細や,老化との関連性について最新の知見を紹介する.

多様EVリソースの最前線

多様化が進むEV研究においては,その研究対象となるEVの由来もまた多岐にわたっている.ヒトやマウスなど哺乳類由来のEVは依然として中心的な研究対象であるが,近年では哺乳類以外の生物種,さらには人工的に作製されたEVまでもが注目されるようになってきた8).EV研究の黎明期から,植物由来EVに関する研究は活発に行われており9),これは,食品となる植物がヒトに対して免疫寛容性を有することや,植物EV自体を薬剤を体内に送達するためのドラッグデリバリーシステム(DDS)として応用するといった内容が中心であった.本特集では,単細胞生物である細菌に由来するEV(bacterial extracellular vesicle:BEV)に焦点を当てる.永久保・豊福の稿では,小さな細菌がどのようにしてEVを形成・放出するのか,その詳細なメカニズムについて最新の知見を紹介する10).さらに近年では,ヒト体液中から検出されるBEVの研究も進展しており,疾患との関連を示唆する報告が散見される.BEVは微生物間のみならず,微生物と宿主細胞との間における情報伝達にも関与していることが明らかになりつつある11).今後,ヒトの生理機能や疾患の病態形成におけるBEVの役割に,さらに注目が集まることが予想される.

疾患にかかわるEVの解析と臨床応用

疾患の成立や進展において,細胞がどのようにEVを利用しているのか,これまで数多くの興味深い知見が明らかにされてきた12)〜14).なかでも,がん転移に関与するEVの役割や,腫瘍微小環境におけるEVの機能については,豊富な報告が存在する.腫瘍生物学におけるEV研究の魅力は,疾患機構の理解を深める研究過程で,EVの機能が鍵を握る局面が突如として浮かび上がる場面が存在することにある.腫瘍免疫に関する研究は,免疫チェックポイント阻害剤の臨床応用を背景に,現在も注目を集める主要なトピックである15)石野・冨樫の稿では,腫瘍免疫の観点から腫瘍浸潤T細胞の機能解析を進めるなかで,偶然にも発見されたEVを介したミトコンドリアの伝播という新たな現象を紹介する.こうした知見は,研究者にとって「この現象にEVがかかわっているのではないか?」という選択肢をもつきっかけとなるだろう.

EV研究の歩みにEV分離精製法開発はきわめて密接に影響してきたと言える16)17).超遠心法に始まり,これまでさまざまな手法が開発されてきたが,最適法を1つに定めるという潮流は今も存在せず,目的に合わせた分離精製法を選択し,かつ,分離精製したEVの精度評価を適切に行うことが今も必須要件である.長尾・横井の稿では,これまでとは全く異なる方法でEV分離精製を実現した実例を紹介する.こうした新技術の開発は,新たなEV研究領域の創出につながる可能性を示しており,基礎研究領域への貢献のみならず,直接臨床へと応用されることも期待できるため,今後ますます注目される取り組みである.

近年,エクソソーム治療という言葉を自由診療領域などで耳にする機会が増えている.品質保証されたEV製剤は今まさに開発の途中であり,このような現状には強い懸念を抱かざるを得ない.EVを医療応用する研究は現在も世界中で進められているが,治療製剤としての実用化には,何より安全性や品質保証が最重要かつ不可欠である18)石井の稿では,医薬品モダリティーとしてのEV製剤開発の現状と将来展望について解説する.治療薬となれば有効性とともに,必ず副作用の可能性が存在する.EVを用いた安全で信頼性の高い治療法の実現に向けた取り組みは,今後ますます注視されるべきテーマである.

いまこそ,EV研究コミュニケーション

EV研究の最大の強みであり魅力の1つは,その研究対象があらゆる生物学的領域と接点をもちうる点にある.EVは,その構造的・機能的特性から,分野横断的に応用可能な研究対象であり,際限なく水平方向へと展開できる柔軟性を備えている.異なる専門領域の研究者同士が,EVという共通項を通じて対話し,連携を深めていくことは,本分野に従事する研究者にとって大きな醍醐味である.藤田の稿では,国際細胞外小胞学会(International Society for Extracellular Vesicles:ISEV)および日本細胞外小胞学会(Japanese Society for Extracellular Vesicles:JSEV)の現状を踏まえながら,EV研究を取り巻く国際的なコミュニケーションの広がりについて紹介されている.ISEVに参加する研究者の専門領域の広さは凄まじく,毎回新しい発見がある.ISEVの活動は多岐にわたるが,特に注目すべきは,EV研究の標準化を目的としてISEVが発行するガイドラインMISEV(Minimal Information for Studies of Extracellular Vesicles)である.これはISEVの公式誌であるJournal of Extracellular Vesicles(JEV)に掲載されるポジションペーパーであり,研究の再現性と信頼性を担保するための重要な枠組みである.初版であるMISEV201419)の刊行から4年後にはMISEV201820)が,そして2024年には6年ぶりの改訂版となるMISEV20238)が発表された.これらガイドラインの特徴をにまとめているが,その変遷からは,EV研究の発展を包括しつつも,成長を妨げない柔軟でオープンな姿勢が読み取れる.さらに,大嶋・松﨑の稿では,直近でオーストリア・ウィーンにて開催されたISEVの年次学術集会ISEV2025の参加報告が寄せられている.EV研究の領域が拡大し,もはや特定の専門分野に限られたものではなく,あらゆる生物学研究者がかかわりうる状況となった現在,EV研究の信頼性を正しく発信することの意義はこれまで以上に大きい.強固な結束を前提としなくとも,広く開かれたネットワークの形成を通じて,異なる専門性をもつ研究者たちがコミュニティーを成熟させながら,ともにEV研究を進展させていく―― そのような柔軟かつ協調的な姿勢こそが,次の10年のEV研究において不可欠な要素となるだろう.

 おわりに

本特集で紹介するのは,これまでのEVに関する理解をさらに一歩進める,最先端の知見ばかりである.EVの基礎理解はもとより,その応用研究の最前線,さらには標準化に向けた国際的ネットワークの動向まで,今,知っておくべきEV研究の核心を多角的に取り上げて構成した.特集のタイトルには,あえて「細胞外小胞学」という,現時点では厳密な定義が確立されていない用語を採用した.EV研究は本来,生物学の一領域として位置づけられるべきであるが,領域横断的に展開可能であり,工学技術の導入や産学連携の重要性が増すなかで,他の研究分野とは異なる独自の性質を有しはじめている.EVがもつこのような“つなぐ力”は,分野を超えた科学の接点を生み出す源泉でもある.とりわけ重要なのは,再現性の高いEV研究を,多様な立場の研究者による開かれた議論のもとで築き上げていくという姿勢である.学問としての「細胞外小胞学」は,今英訳すれば“extracellular vesicle biology”が一般的であろうが,将来的には“extracellular vesiculogy”といった新たな専門用語が登場する可能性すらある.今後,世界的にこの新しい学問領域がどのように定着し,発展していくのかを見守りつつ,私たち自身もその一翼を担い,次の10年におけるEV研究の推進に貢献していきたい.

EVがはこぶメッセージに耳を澄ます

産婦人科医として日常診療に当たるなかで,実に多くの体液を取り扱う.血液,尿,唾液といった一般的な体液にとどまらず,腫瘍内容液や腹水,羊水や卵胞液,乳頭分泌液など,さまざまな体液が存在する.そのどの体液にもEVが含まれ,何らかのメッセージが込められているのではと考えを巡らせると,おのずと日々リサーチクエスチョンが生まれる.疾患に苦しむ患者さんのために,少しでも治療に結びつく新たな知見を明らかにしたいという思いは,医師に限らずすべての研究者・医療従事者に共通する願いであろう.たとえ小さな発見であっても,それが医学生物学を少しでも前進させるかもしれないと信じ,さまざまな分野の方々と楽しく対話しながら研究に取り組むことが,いまや私にとってかけがえのないライフワークである.(横井 暁)

文献

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参考図書

  • 「決定版エクソソーム実験ガイド」(吉岡祐亮,落谷孝広/編),羊土社(2020)

本記事のDOI:10.18958/7769-00001-0006079-00

著者プロフィール

横井 暁:基礎研究者の父に連れられ国内外を転々とする幼少期を過ごす.2009年名古屋大学医学部卒業後,産婦人科医として勤務.’14年より国立がん研究センター研究所 落谷孝広研究室にてEVと卵巣がんの研究に従事し,’17年に学位取得.’18年より日本学術振興会海外特別研究員として米国MDアンダーソンがんセンターAnil K Sood研究室にてEV-DNAの研究に従事.’20年より名古屋大学医学部附属病院(産婦人科:梶山広明教授)にて勤務.’21年より独立研究室を主催.異分野融合研究を軸としたEVトランスレーショナル研究を通してEVの基礎理解と臨床応用をめざす.

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