ヒトの病気に潜む進化の記憶を探る進化医学

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進化医学 人への進化が生んだ疾患

本コンテンツでは,「実験医学」に2012年4月から全6回にわたって掲載された連載『ヒトの病気に潜む進化の記憶を探る 進化医学(井村裕夫)』より,連載 第4回と第4回を抜粋,公開いたします.ゲノムの個人差,個の医学が注目される現代,ゲノム進化の立場から医学を見つめなおす学問分野として,その重要性をさらに増している「進化医学」.ヒトの宿命と生命の原理にも迫る内容をぜひご一読ください.本連載から大幅加筆・改訂された単行本「進化医学 人への進化が生んだ疾患➡」も,好評販売中です! (編集部)

凶暴な,あるいは温厚な寄生体-2

実験医学2012年7月号掲載 連載 第4回より)

③ ビルレンスの変化:宿主を生かすか,殺すか

寄生体にとって,強いビルレンスは必ずしも有利とはいえない.それは宿主が死ねば,寄生体も運命をともにするからである.一般にある集団が新しい病原体の洗礼を受けるときには,強い症状を示すことが多い.例えば新世界を征服したスペイン人は,もち込んだ天然痘や麻疹によって多くの原住民が死亡したことにより勝利したとする説もある.一方コロンブスが新世界よりもち帰ったとされている梅毒も,当初は劇症で多くの人が短い期間で死亡したといわれている14)

それではこれらの病気で,なぜビルレンスが変化したのであろうか.これについては「温和な寄生体」という考え方がある.それはビルレンスを弱くした方が,宿主の体内でより多く増殖することができ,有利であるとする考え方である.その基礎になっている1つの例としてオーストラリアのウサギの例がある.狩の餌としてもち込まれたウサギは著しく繁殖し,草を食べて自然界の植生にも農作物にも大きい被害を与えるようになった.のみならずオーストラリア固有の動物種にも影響を与えることになった.解決のため多くの案が寄せられたが,最終的に南米のウサギに感染していたミクソーマウイルスを散布した.このウイルスはオーストラリアではビルレンスが強く,死亡率は99%にも達してウサギは激減した.しかし数年たってビルレンスを測ってみると75~90%に減少し,さらに数年経つと50%に減少した.これは恐らくビルレンスの弱いウイルスの方が,よく増えて選択されたものと考えられる15)

結局,結果としてみると病原体は宿主を殺してしまうことによるコストと,子孫を増やして効率よく新しい個体に乗り移るというベネフィットをバランスにかけて,ビルレンスの強弱を選択しているかのようにみえる.もちろんそこには伝播の方式,環境要因,宿主の免疫学的要因,社会構造など,種々の因子が影響する.天然痘がきわめて強いビルレンスで宿主を倒して大流行したのも,人間の体外でもかなり生きられるという要因があったからである.このようにビルレンスを規定する因子は多く,かなり複雑であるが,要は病原体が最も長く生きられ,子孫を繁栄させる戦略をとっているものと考えられる.

文献

  1. de Melo, F. L. et al.:PLoS Neg. Trop. Dis., 4:1-11, 2010
  2. 『人はなぜ病気になるのか 進化医学の視点』(井村裕夫/著),岩波書店,2000

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人はなぜ病気になるのか? 進化に刻まれた分子記憶から病気のメカニズムに迫る
進化医学 人への進化が生んだ疾患

進化医学 人への進化が生んだ疾患

プロフィール

井村 裕夫(Hiroo Imura)
1954年,京都大学医学部卒業,内科学とくに内分泌代謝学を専攻,’77年より京都大学教授,視床下部下垂体系,心血管ホルモン,膵ホルモンの研究に従事,’91年,京都大学総長に選出され,高等教育一般にかかわる.’98年,総合科学技術会議議員として,第2期科学技術基本計画の策定,科研費などの研究費の増額,新しい研究施設の整備などに努力.2004年より先端医療振興財団理事長として神戸医療産業都市構想の実現に努めると同時に,科学技術振興機構研究開発戦略センターで臨床研究の振興方策を提言,またこれからの臨床研究として先制医療の重要性を提言している.一方生命進化の過程から病気の成り立ちを考える進化医学に興味をもっている.
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