[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第31回 研究と社会との橋渡しに向けて

「実験医学2013年1月号掲載」

大学における研究とは,何のためのものだろうか.われわれは大学院生を中心とした研究者71名を対象に,研究を行う一番の動機は何であるかアンケートを行った(第52回生命科学夏の学校).その結果,好奇心や真理の追究のためが51%と最も多く,社会に役立てたいなどの回答は19%にとどまった.好奇心は研究を進めるうえで大切な原動力となるが,大学における研究が社会の営みの1つである以上,その社会的な位置づけや役割についても考える必要があるのではないだろうか.本稿では大学の研究と社会との関係を改めて考え,今後もよりよい関係を築くために何が重要かを考察したい.

大学におけるわれわれ生命科学分野の研究は,実用化を主な目的とする企業の研究とは異なり,研究者の好奇心に基づく真理の追究に軸足を置くものが多い.したがって,直接的に社会の役に立つ成果を得にくく,実用化には長い年月を必要とする.よって役に立たない研究に国がお金をつぎ込んでいるといった批判もある.だが,GFPの発見が医学の発展につながったように,現象の根本を解明する研究成果があってこそ,応用研究は発展する.国は新たな技術の基盤をつくり,新しい産業を生み出して国を発展させるため,研究に多大な資金を投入しているのだろう.このような「社会の役に立つ」という期待のもと,資金が投入されていることは,研究者も意識するべきだろう.ただし,その言葉にとらわれて応用研究や成果の出やすい研究に偏るのは本筋ではない.研究者の好奇心を尊重した研究を推進し,社会の発展にもつなげていくために,研究成果のうち利用できるものを積極的に利用して応用につなげていくしくみの確立が重要ではないだろうか.

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では実際に,研究成果を積極的に利用していくしくみはどの程度確立されているのだろうか.ここでは技術の特許化とその利用を指標に考える.平成21年度の大学などにおける特許権実施等件数および収入は5,489件,9億円であり,5年前の477件,5.4億円から大きく増加している(平成23年度文部科学省「科学技術白書」).大学の研究成果を社会に還元するしくみは徐々に整ってきているといえるだろう.しかし,米国における特許権実施等件数は同程度の5,328件であるにもかかわらず,収入は日本の250倍の23億ドルであり〔AUTM(米国大学技術管理者協会)米国ライセンシング活動調査〕,米国と比較すると日本は特許で上手く利益を生み出せていないことが示唆される.米国では大学の研究成果を実際に社会で役立たせることを強く意識しており,ベンチャー企業への技術移転にも積極的である.さらに,日本では大学の研究で特定の企業が儲けること自体に抵抗感があることなどもこの差を生み出していると考えられる.では,今後日本が研究成果を上手く権利化し,活用していくためにはどのようにしたらよいだろうか?

われわれは大学の研究成果を知的財産として適切にマネジメントできる人材を確保することが重要であると考える.現に米国では,研究を経験した者が知財関連の職に就くことがキャリアの1つとして認知され,研究と社会との橋渡しをする人材が大学をはじめとした研究機関で重要な役割を果たしている.日本でも,そのような役割を職として認知,ポストを確立させ,企業への技術移転や実用化を視野に入れて研究成果の利用可能性をみきわめる評価能力や,知的財産権の知識に長けた人材の育成に力を入れるべきだ.これにより,研究成果の応用に関心が高い学生などの潜在化していた人材の力を活かし,技術の発展につなげていくことができるだろう.また,そのような取り組みが身近にあることで,「儲けること」が社会に役立つことと表裏一体であり,避けるべきことでもないというように研究者の意識が変化することも期待できる.あらゆる立場から協力し合い,研究成果を社会の発展に成果をつなげていくべきだ.

宇田川侑子,関田啓佑,秋元優希(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2013年1月号より転載

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