[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第79回 若手が「書籍」を執筆するということ

「実験医学2017年1月号掲載」

厳しい研究業界に身を置く以上,われわれはコンスタントに研究成果を発信し続ける必要がある.最も一般的な発信手段は論文の執筆だが,その一方で書籍を有効的に活用している研究者も存在する.とはいえ,「書籍を執筆する」ことは研究領域を体系的に理解したベテラン研究者の仕事であり,若手はまず論文を執筆して業界から評価される成果を残すべきではないのか,と思う方が多いかもしれない.しかし,書籍には他の発信手段にはない独特の魅力がいくつもある.そこで今回は若手研究者が「書籍を執筆する」ということについて多方面から考えてみたい.

そもそも,書籍にはどのような利点があるだろうか? まず,論文はフォーマットが固定されているのに対して書籍は自由度が高く,より多くの文字数で物事を伝えられる.そのため,背景知識からじっくりと論じたり多角的に情報を伝えたりすることもできるし,著者個人の研究への思いや研究上のエピソードなどにも触れられる.また,書籍を出版する際には出版社を通すのが一般的であり,出版社を経由することで流通に乗って幅広い層の読者に届けられ,もし図書館に入れば長期間にわたって閲覧されることも可能になる.

研究者が書籍を執筆する場合,対象となる読者層としては第一に同業の研究者が考えられる.特に,新しい研究手法を研究領域の壁を超えて多くの研究者に紹介したいときには,論文よりも書籍として発信する方が有効な場合がある.次世代シークエンサーを駆使した研究を行っている二階堂愛氏の監修による『次世代シークエンス解析スタンダード』(羊土社,2014年)はその好例だ.わかりやすい解説本を書いて,紹介された手法を活用する研究者が増えれば研究コミュニティ全体の活性化につながる.さらに著者本人にも,多方面の研究分野に対して自らの存在をアピールし,人脈を広げられるという大きなメリットがある.

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一方,アウトリーチ活動として一般向けに情報発信を行う際にも書籍は有用といえる.例えば,現在実験医学で連載されているコラム「私の実験動物、個性派です!」では,若手研究者が自らの個性的な実験動物(胎生魚ハイランドカープ,トビネズミなど)を紹介している.珍しい動物を研究する苦労話や動物にかける強い愛情も相まって,若手研究者の息遣いが聞こえてくるような生き生きとした文章が生まれている.そんな文章がたたえる読みものとしての面白さは,研究関係者のみならず一般の方々へも通用するはずだ.このような連載記事を再編して1冊の書籍として出版することも可能であり,若手であっても書籍によって広く科学の魅力や価値を発信できると言えるだろう.

その他にも,出版社を介さず自ら製本サービス等を利用して小冊子を作製し,SNS等を介して販売しているケースもある.昨年末には,生命科学系の若手研究者有志による団体「生命科学同女子会」がレビュー誌「実験好学」を作成した.アニメや漫画に登場する生命科学ネタを研究者の視点から考察するというコンセプトの冊子となっており,出版社を介さない個人単位の活動だからこそ思い切った内容にできたと思われる.これまであまり交わる機会のなかった生命科学とアニメ文化との融合は新しい表現の形といえよう.

現実にはほとんどの若手研究者は日々実験や論文執筆に追われており,それ以外のことには気が回らないだろう.それでも書籍には,ひいては言葉そのものには,人を魅了し,人の一生すらも左右するだけの力があるのだ.共同研究者や研究者志望の学生に自分の研究をアピールしたい,自分の研究を一般の人に伝えたい,あるいは単純に「本を書いてみたい」―そんな思いを抱いている人は,書籍を執筆するという方法も一度考えてみてはどうだろうか.チャンスは案外すぐ近くにあるのかもしれない.

水口智仁,橋本崇志(生化学若い研究者の会 キュベット委員会)

※実験医学2017年1月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2017年1月号 Vol.35 No.1
生命の複雑性と個別性に挑む オープンシステムサイエンス
新しい発見を新しい研究スタイルで

桜田一洋/企画
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