[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第88回 会社で働きながら博士号を取得する,ということ

「実験医学2017年10月号掲載」

博士号が欲しいと思ったとき,会社で働きながら取得するということを考えたことはあるだろうか.筆者らは会社で働いた経験があり,過去に就職か博士課程進学かで悩んだことがある.企業の研究職をめざして就職活動をすると「会社で働きながら博士号を取得する」といった話を必ずといってよいほど耳にする.安定した収入を得ながら本当に学位が取得できるのであれば,そのメリットは非常に大きい.しかし,実際にそんなにも都合よく取得できるのだろうか.今回は筆者らの近しい知人で博士号取得に関心がある,あるいは博士が身近な研究職などに従事する会社員25名(学士・修士)に,アンケート形式で意見を聞いてみた.

まず,「働きながら博士号を取得する際の問題点は何か」という問いを投げかけてみた.その結果,会社のなかで自分の置かれる状況は会社側に委ねられている,ということが大きな障壁となると思われた.会社では研究に対する費用対効果が重視されるため,独断で研究テーマを決められることはほとんどない.また,研究以外の業務の合間で実験研究を進めていかなければならず,実験データが出てから論文執筆に至るまでに数年もの期間を要することも考えられる.さらに,日本企業においてはいまだ博士号の有無はそれほど重要視されていない.それにもかかわらずあえて博士号を取得する,ということに対して会社側の理解が得られないと実験研究をすることは難しい.これらに加えて結婚や育児などのライフイベントの発生を考慮すると,途中で挫折せずに博士号取得に至るのは容易ではなさそうだ.

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このように,金銭的なことや将来のキャリアについて悩むことの多い通常の博士課程の学生の場合とは異なるが,会社で博士号取得をめざす場合にも障壁はいくつかある.今回ご協力いただいた方々の意見より,会社では自分の努力ではどうにもならない部分が大きく,博士号を取得できる可能性が大学と比較して低い,ということが総じて感じられた.それでも,これらの事情を踏まえたうえで「博士号の取得をめざしている」と回答した人も複数存在した.その理由は何だろうか.

そこで次に,「なぜ博士号が欲しいのか,どのように活かしたいのか」という質問を行ったところ,「海外で活躍できる」という点をあげる人が多かった.博士は会社の研究部門の代表として海外の人とも対等の立場で議論ができる.各業界でグローバル化が進む今,博士号を取得すれば従来の日本企業でそれが重視されていなかったことを逆用してビジネスチャンスが広がる.他に,大学教員とかかわりができることで自身の仕事が円滑に進む,自社製品で研究を行うことで売上向上につなげたい,といったような会社の利益に直接かかわることを理由としてあげた人もいた.さらには,働くという経験を求めて就職したが,そもそも就職以前より何らかの形で将来的に博士号を取得しようと考えていた人もいるようだ.

研究職に限らず,安定した収入とやりたいこと,どちらも兼ね備えている選択はなかなかない.今回のアンケート結果を見ても,やはり,研究に打ち込みたいのであれば大学の方が適している.しかし,裏を返せば就職しても全く研究ができないわけではない.実際に会社にも博士号取得をめざして努力している人がいるのだ.また,会社ではサイエンス・研究に限られない広範な視野を実践的な経験を通して得ることができ,それは会社で働きながら研究をする強みだ.会社と大学でメリットやデメリット,研究をする目的や価値観は異なる.どちらを選択するかは自分次第だが,本稿がこれから就職活動をはじめる学生,そして同世代の社会人にとって参考となれば幸いだ.

川出野絵,池田明加(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2017年10月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2017年10月号 Vol.35 No.16
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