[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第84回 コミュニケーションと研究の共通点―「造り変える力」

「実験医学2017年6月号掲載」

芥川龍之介を知らない人はいないだろう.芥川はその執筆生活において,日本人が外来の文化や思想をいかにして受け入れてきたのか,を検証する小説をいくつも発表している.そのなかの1つに「神神の微笑」がある.オルガンティノとよばれる宣教師が主人公で,日本の美しい風景や穏やかな人々,着実な布教の実績に満足する一方で,制しえない日本の万物に宿る“霊気”に漠然とした不安を抱えている.ある日の幻覚で出会った老人に,「我々の力と云うのは,破壊する力ではありません.造り変える力なのです」と語られる.外来の思想,例えば儒教や仏教も日本では造り変えられる,と.この話は現代社会でも成立して普遍性をもっている反面,今の私たちの日常には造り変える力が欠如している場面が往々にみられる.

造り変える力は,例えばコミュニケーションにおいては欠けていないだろうか.私は神戸大学のバイオ生産工学研究室に所属している.当研究室では多くのプロジェクトが走っているが,そのなかの1つにSATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)のプロジェクトがある.このプロジェクトでは,インドネシアとの共同研究が行われている.そのため,多くのインドネシア留学生が来日している.訪問研究員として数週間から数カ月の滞在をする方々もいれば,課程学生として入学する方々もいる.彼らとのコミュニケーションはもちろん英語がベースである.しかし,日本人は「正しい英語(教科書英語)」を使おうとするあまり,会話自体に踏みきれない場面が多々みられる.一方で留学生の話に耳を傾けると,決して「正しく」はない文法・発音・アクセントのことが多い.例えば,ある日「ルバー」があるか,と聞かれたことがある.身振り手振りを見ることで,「ラバーバンド(rubberband)」,つまり「輪ゴム」を探していることがわかった.「正しく」なくてもよい,伝わればそれでOKという気持ちが大事であることを思い知らされた.

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「テツヤ、ディスカッションしようか」

そして,コミュニケーションがとれないためにしばしば問題が発生する.例えば,臭化エチジウム関係のゴミを通常の実験ゴミとして出してしまいかけたことがある.すぐに気づいたので,事なきを得た.しかし,それがどういったゴミなのか,そしてどう捨てるべきなのか,を伝える必要があった.また,飲み会において,どうしても日本人と留学生で別々に固まってしまう場面もみられる.私自身も英語が得意ではない.しかし,拙い英語なりに話すことで研究室員に「この程度で大丈夫」と見せたり,研究室員を巻き込んで話をしたりなどの工夫を心がけている.その際に,恋愛や結婚の話などは世界共通で通じて,笑いを引き出せる(例,嫁は怖い)ことがわかった.

思えば,冒頭の芥川のような明治の文化人たちは,旺盛に外来文化を和製文化に造り変えてきた.古来より造り変えることで外来のモノを受け入れてきたのだから,日本人は造り変える力が優れている,というのは暴論だろうか.しかし,研究の世界を見れば,留学生を受け入れる,あるいは外の世界に出て,研究を推進することは今後ますます求められていくであろう.その際にはまず「自分の中の教科書」を造り変える力が必要になってくる.研究においては教科書の内容を書き変えるような発見が望ましいが,コミュニケーションにおいてもやはり同様である.受け入れて,そして造り変えることができているだろうか.

竹中武藏(神戸大学バイオ生産工学研究室/生物物理学若手の会)

※実験医学2017年6月号より転載

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