[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第93回 多様な科学の目的―好奇心と,実益と

「実験医学2018年3月号掲載」

研究者をめざしたきっかけや年齢は人によってさまざまかと思うが,僕の場合,物心のついた頃から研究者にあこがれをもっていた.気がつけばすでにあこがれていた,といった具合で,具体的にいつから・なぜめざすようになったのか,かえって自分でも判らないくらいだ.小学生の頃の自分にとって,児童文学や伝記漫画のなかのシュリーマンや南方熊楠は,紛れもないヒーローだった.

それからおよそ20年,現在僕は若手の研究者として生命科学に携わることができている.数ある学問のなかでも生命科学を志向するようになったのは,おそらくもともと生きものが大好きだったことと,生命科学という学問にある身近さゆえではないかと思う.古代ギリシアで「ウナギは泥から生じる」と自然発生説を唱えたアリストテレスの観察も,約2000年後にそれを「ハエは腐った肉から勝手に生じるわけではない」と否定したレディの実験も,われわれの身近にいる生命に対する素朴な好奇心から動機付けられたものではないだろうか.現在僕は主に培養細胞やモデル動物を使って研究を行っているが,自分が発見したことが今まさに自身の体のなかや道端の生きものたちのなかで繰り広げられているかもしれない,という身近さに根ざしたワクワク・ドキドキ感は,研究をするうえでの大きなモチベーションになっている.このような感覚は,分子生物学の時代にあっても,依然として生命科学の醍醐味ではないだろうか.

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「時間と研究費(さいふ)にやさしいエコ実験」

しかし,一方で現代において研究は職業である.われわれはプロフェッショナルの科学者として研究を行い,そこにキャリアを賭けているのも事実だ.そしてそれゆえにわれわれの背中には旧来の科学者像にはなかっただろうさまざまなプレッシャーがのしかかっているのもまたもうひとつの事実ではないだろうか.アリストテレスは古代ギリシアの貴族的な市民階級にあったし,レディも詩人としても著名だったような上流階級人であった.シュリーマンは貿易で財を成した資本家であり,南方熊楠は平民ではあったものの経済的にはほとんど弟に頼りきっていた.科学者の歴史をひも解いてみると,われわれのような職業研究者というのは意外と新しい存在であることが見てとれる.

また,長らく科学のパトロンであった貴族のいなくなった現代においては,多くの場合,研究費は税金や民間企業の資金から賄われている.社会そのものが科学のスポンサーになったと言ってもよいかもしれない.だからこそ庶民の僕でも今日もピペットマンを握って研究をすることができるのだが,一方であらゆる科学に対して実学としての期待が今まで以上に寄せられるようになっているようにも感じる.研究の成果がいつまでに・どのような形で社会に還元されるのか.その実現可能性は何%か.そういった問いがときに,好奇心そのものを行動原理とする科学のあり方と一致できないこともあるかもしれない.特にわれわれのような若手研究者には,それらはともすると生命科学に元来あった魅力にまで蓋をしてしまうものともなりかねない.

自分の研究成果で世界がよりよい場所になる,誰かの命が救われる,というのは研究者にとって最大の喜びのひとつだろう.それと同時に素朴な好奇心から生まれた,いつ・何の役に立つのか明言できない研究にも,居場所がいつまでもあってほしいと願っている.現代のプロフェッショナルの研究者として,また科学史を彩る歴代の研究者にあこがれた元小学生として,僕自身もどちらの心も忘れることなく今後も研究を続けていきたい.未知を扱うのが科学の本分である限り,多様な科学の目的があったほうがわれわれの眼前に広がる未知の総量も先細ってしまわずにすむのではないだろうか.

藤原悠紀(国立精神・神経医療研究センター/日本学術振興会特別研究員PD)

※実験医学2018年3月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2018年3月号 Vol.36 No.4
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