[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第95回 医学部から「実験医学」者へ

「実験医学2018年5月号掲載」

基礎医学研究者の絶滅危惧が叫ばれて10余年.実は医学部入学者の多くが,数学や物理が得意だったり原理を追求することが好きだったり,基礎研究の道に少なからず興味をもっているようだ.しかし医学部に進学すると,生化学や生理学など基礎系科目の記憶が臨床実習と国家試験勉強で上書きされ,さらに2004年に必修化された初期臨床研修を経て,ほとんどの卒業生が臨床医になる.医療者育成のためには当然のカリキュラム構成なのだが,医学部が世界をリードする基礎研究室の集結するすばらしい研究環境であるにもかかわらず,医学部生はその恵みをほとんど享受しないまま卒業するのだ.そこで10年前,東京大学医学部には,学生の課外での基礎研究をサポートし研究者への進路を促す目的で,「MD研究者育成プログラム室」が設置された.2名の専任ポストが設けられていることには,東大医学部の強い決意が現れていると思う.

私は助教としてプログラム運営に5年余従事し,教育の効果というのは数年やそこらで明らかになるものではないことを知った.毎年110人の医学部進学者中,20人近くのプログラム履修生が放課後や長期休暇に研究室に通い研究を行う.そのなかで卒業後直接大学院に進学する者は毎年1~3人,いや0人の年もあった.それでも7期の卒業生を送り出した今,初期臨床研修後に大学院進学する者が徐々に現れ,確認される限りプログラム卒業生の博士号取得者は3人,国内外の基礎系大学院進学者20人,合計23人が基礎研究者としての道をスタートしている.時間はかかるが,今後プログラムの効果がますます見えてくることが期待される.

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「時間と研究費(さいふ)にやさしいエコ実験」

理学部出身の私が,「医学部から実験医学者へ」の促進にどのように貢献できるのか戸惑いながらも,①学生と一緒に研究をおもしろがること,②研究室へ踏み入れる敷居を少しだけ低くすること,③研究室に通う医学部生は孤立しがちだが,彼らが交流し刺激しあう機会を提供すること,④臨床経験を経て基礎研究に戻ってくる卒業生を迎える場をつくること,の4つを意識してきた.特にリトリート形式の研究発表会開催に力を入れた.同様の教育プログラムを運営する他大学の教員や学生が集うリトリートでは,毎回学生によるすばらしい研究発表と活発なディスカッションが繰り広げられる.今年はConBio2017のフォーラム企画とリトリートを同時開催し,13大学からの医学生と教員約90名が学会に参加しながら交流の機会をもった.また,先日(3月17,18日)は東大独自のリトリートとして当プログラム履修学生と卒業生約50人が集まり,1年の研究進捗を発表し,研究室の選び方や授業と研究の両立の工夫,基礎研究へのキャリア設計,医学部を出た者が基礎研究をする意義などについて,学年の壁を越えて和気あいあいと,しかし真剣に意見を交わした.このような学生の姿を見ていると将来が楽しみでならないし,臨床医になっても研究者になってもきっとこの経験が生きるだろうと信じている.

私は4月から研究に重点をおくポストに移ることになったが,これまでリトリートなどで集めた声のなかから「基礎系大学院進学者への経済支援の枠組みつくり」のことを,手に負えなかった大きな課題として記しておきたい.今後は私自身が魅力的な研究成果をしっかり出していくことで,医学部生に影響を与えていければと思う.そして研究の現場で彼ら彼女らとまた会えることを楽しみにしている.

小山-本田 郁子(東京大学医学部 MD研究者育成プログラム室)

※実験医学2018年5月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2018年5月号 Vol.36 No.8
クライオ電子顕微鏡で見えた生命のかたちとしくみ

井上尊生/企画
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