[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第106回 若手研究者の働き方改革

「実験医学2019年4月号掲載」

近年,過重労働による労働者の健康障害が社会的に問題になっている.過重労働の結果,精神障害の発症や離職,最悪の場合,死につながることもある.ところで,研究者にとっては「研究」こそが労働になるが,昼夜を問わず実験や執筆,その他の業務を含む労働に励んでいる光景は珍しくない.これは「好きな仕事だから長時間でも働ける」や「研究も健康管理も研究者の自己責任」等の意見に基づく,研究者自身やその上司による自主的な労働・健康管理が要因だと考えられる.

研究者のなかでも,まだ正規の労働者とは言えない若手研究者(大学院生やポスドク)の労働・健康管理は,とりわけ軽視されている.実際に海外の研究で,大学院生の不安症・抑うつ症の発症リスクが,一般的な労働者と比較して6倍もあるという報告もあり(Evans TM, et al:Nat Biotechnol, 36:282-284, 2018),若手研究者へのケアが特に必要と考えられる.そんな未来を担う若手研究者達は,果たして現在の研究者の労働環境についてどのように考えているのだろうか.そこでわれわれは,主に大学院生やポスドクが参加する第58回生命科学夏の学校にて研究者の労働・健康についてのアンケート調査を実施し,得られた73名の回答を分析した.

回答者全体のうち,45%が過労死ラインを越える週60時間以上研究に従事していると答えた.体力のある若手とはいえ,長時間研究に従事し続けるのは大きな負担であろう.そのためか,われわれの予想に反して78%もの回答者が「研究者の労働と健康の管理を所属機関が実施すべきである」と回答した.中には,「研究者自身や上司に研究時間の管理を任せていては適切な管理がなされず,結果的に生産性の低下につながる」と指摘する意見もあった.若手研究者の多くが第三者による研究・労働時間の管理の必要性を感じるとともに,より効率のよい研究時間の管理体制を求めているようだ.

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健康管理の面では,所属大学や研究機関で行われている定期健康診断を75%の回答者が利用していた.他方,全体の58%の回答者が「研究や労働によるストレスや不安を感じる」と回答しているにもかかわらず,「労働者の精神的な健康状態を測るストレスチェックを受けている」と答えた回答者はわずかに15%であった.若手研究者は将来への不安を抱え,それを払拭するかのように無理な長時間労働を行い,ストレスを受けていると考えられる.特に精神的な問題は一人で抱え込みがちであるため,若手研究者が過度の不安とストレスにより健康障害を引き起こす前に,定期的な検査の実施や専門家に気軽に相談できる環境を整える必要があるだろう.

今回の調査で,多くの若手研究者が研究機関による労働と健康の適切な管理を望んでいることがわかった.しかし,それは決して研究を行いたくないというネガティブな意見ではなく,自身の健康と研究の効率をふまえた建設的な考え方に基づくものであった.研究者の健康や研究の生産性を考えると,研究者であっても一般の労働者同様に労働および健康管理を所属機関が行うべきときが来ていると感じる.しかしながら,現時点で管理が行き届いていないばかりか,今後は研究者と研究費の削減や高度プロフェッショナル制度の適応などに伴い,研究者の労働環境がさらに悪化する恐れもある.研究者の労働環境や待遇の悪化は,研究者をめざす若手の減少に直結し,ひいては,日本の科学技術力の低下につながる.日本の研究者の質と数を向上するためにも,若手をはじめとした研究者の働き方制度の改革が必要だ.今こそ,若手を含め研究者に適した,魅力ある労働環境づくりについて皆で考えるときだろう.

有馬陽介,小野田淳人(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2019年4月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2019年4月号 Vol.37 No.6
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