重曹は炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)のことで,掃除の際や料理でケーキやパンの生地を膨らませるために使われますが,7%炭酸水素ナトリウム(メイロン®)は,私が医師になってはじめて使った思い出の注射薬で,医師であれば誰もが聞いたことがあるか,使ったことがある薬品です.ERの患者さんの3%程度とされるめまいや,メニエール症候群などを治療するために用いられる薬として知られています1).メイロン®の歴史は,第二次世界大戦のときに兵士を輸送する際の動揺病,つまり乗り物酔いの予防のために海軍より命令をうけた長谷川高敏先生が開発されたという記録が残っていますが,詳細なデータは戦火で焼失したそうです.
ネコを用いた実験で,回転刺激やグルタミン酸による前庭神経核の刺激に対する神経の興奮が,7%炭酸水素ナトリウム大量投与によって抑制されることが示されています2).また,ウサギを用いた実験では前庭機能に左右差がある場合にアシドーシスがめまいの発症の誘因になるため,メイロン®で局所のアシドーシスを是正してめまいを抑制する可能性も考えられています3).この他にも,メイロン®は耳の中にある平衡感覚をコントロールする内耳の血流を改善する作用や内リンパ水腫に対する作用も示唆されています.一方で,メイロン®の効果について大規模な臨床研究が国際的に行われたことはなく,その薬理作用についても不明な点が多いようです.
ちなみに,メイロン®(MEYLON)という商品名は,内耳の中の「迷路」に由来するそうで,商品名として秀逸だと思います.最近はジェネリック医薬品が増えてきて,あまりこのようなユニークなネーミングは見かけなくなりました.というのも,ジェネリック医薬品は厚生労働省の通達に基づきネーミングには一定の基準が設けられていて,含有する有効成分に係る一般的名称に,剤形,含量および会社名(屋号等)を付記することに決まっているそうです.
薬理作用が明らかになっていないにもかかわらず,耳鼻科の大先輩が開発された薬のためか,日本ではめまいの患者さんに対して耳鼻科医の方が非耳鼻科医よりメイロン®を使う頻度は高いようです4).