2025年のノーベル化学賞は,「金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks:MOF)」という「結晶内に空間がある人工構造体」を開発した京都大学の北川進先生ら3人に授与されました.ものすごくかみ砕いていうと,MOFは金属イオンと有機分子がジャングルジムのように規則正しく連結した構造で,精密に設計された孔構造(小さな穴)をもち,ガスをはじめ特定分子を選択的に捕まえることができるようです.環境・エネルギー・材料化学のさまざまな分野で吸着・分離機能を設計・活用することができ,汚染物質の除去など広い応用が可能となる,素晴らしい研究成果です.
われわれが救急現場で主に中毒患者さんに使う「活性炭」は,眼に見えない微細な孔構造をもち,物質を吸着するという点でMOFと共通するところがあります.活性炭は真っ黒い粉末で,まさに「炭」ですが,バーベキューなどで使う木炭とは異なります.普通の木炭は400℃程度の温度で蒸し焼きにするのに対し,活性炭は800℃から950℃の高温で木材やヤシ殻などを特殊な環境で処理します.これにより,多孔質(スポンジ状)の構造ができあがり,1グラムあたりテニスコート数面分の表面積をもつといわれています.この広大な表面積にもなる多くの孔に中毒物質が取り込まれるほか,分子同士が引き合う「ファンデルワールス力」が働くことで高い吸着力を発揮します.その結果,消化管などで中毒物質が体内に吸収されるのを防ぎます.
活性炭の吸着力は古くから知られていて,1831年に科学者であるToveryが殺虫剤に使われる猛毒のストリキニーネを活性炭と一緒に飲み,神経症状をきたすこともなく無事であったという有名な記録があり,今でも中毒の講演で引用されます1,2).細かい穴で物質を吸着するという非常に原始的な原理ではありますが,「適切な症例に,適切なタイミングで」使えば強力に機能する活性炭は,われわれ救急医の強い味方であり,早期,できれば内服後1時間以内に活性炭を投与することが推奨されています3).
近年は,吸着性能を高めるための化学修飾活性炭の研究も進んでおり,水処理・重金属除去への応用の可能性も示されています4).活性炭とMOFは,ともに「多孔質材料による吸着という化学的原理」を使っているという点で共通しており,今回のノーベル賞を契機に,古くから使われてきた活性炭の応用やメカニズムの研究がさらに広がる可能性があります.