脳振盪は頭部外傷のときによくみられますが,「心臓振盪」という稀な病態があります.振盪とは「激しく揺れる」ことを意味し,心臓振盪はラテン語のcommotio cordis(コモーショ コーディス)を日本語訳したものです.
心臓振盪は,若年者の突然死の原因として無視できない病態です.心臓病がないもともと健康な人であっても,胸部打撲などにより前胸壁に鈍的衝撃が加わることで心肺停止を起こします.交通事故のハンドル外傷などによる強い衝撃であれば,胸骨が折れ心臓そのものが損傷する場合もありますが,心臓振盪は機械的な心臓損傷を生じないような比較的弱い衝撃でも起きるといわれています.心臓振盪の心電図の記録をみると,ほとんどの例で心室細動という,いわゆる心臓の痙攣が起きていました1).
では,どんな条件で心臓振盪が起きるのか,という疑問がわいてきますが,それを調べるために野球の硬球とほぼ同じ大きさのボールを時速48 kmでブタの前胸部に衝突させる動物実験が行われました.すると,心電図におけるT波の頂点の直前(15〜30ミリ秒前)に左心室に衝撃を加えたときのみ,心室細動による心停止が誘発されることがわかりました.これは,衝撃によって心筋細胞膜が急激に伸展・変形することで,イオンチャネルが活性化されることが関係するそうですが,心電図での心臓周期の他のどの時相で刺激を加えても心室細動は誘発されませんでした.つまり,心臓振盪はごく一瞬,非常に限られたタイミングで衝撃が加わったときのみ,発生するようです2).
アメリカで2001年9月までに起きた128例の心臓振盪をまとめた研究によると,多くは18歳以下に起こっていて,62%は野球やソフトボール,アイスホッケー,ラクロス,アメリカンフットボール,サッカーなどのスポーツにおいて発症しており,128人中107人(84%)は死亡しています3).これは現場で適切な処置が行われなかったことが影響しており,心臓振盪の予防やAEDの普及が当時は不十分だったのでしょう.私の息子は,アメリカで野球チームに入っていましたが,みんなユニフォームの下にプロテクターをつけていました.頭を守るヘルメットの重要性は認識されていますが,子どもは胸郭が軟らかく,衝撃が心臓へ及びやすいため,胸を守ることも必要なのだと思います.
ちなみに,心臓振盪の治療は早期の除細動ですが,人に対する電気ショックによる心室細動の停止は1956年に報告されました4).