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「難病だと研究できない」はウソ? 難病患者の研究生活の実態

矢吹真菜,辰本彩香
生化学若い研究者の会 キュベット委員会
10.18958/7851-00007-0006236-00

私(矢吹)は中学3年のときに膠原病を発症して以来,キャリアの大半を病気とともに歩んできた.膠原病は免疫系が自分自身を攻撃し,倦怠感や腎臓をはじめ各種臓器の障害をきたす難病の一つだ.日本では90万人以上の方が指定難病の医療費支援を受けているため,私たちの近くにもさまざまな難病患者がいると思われる.そこで私の博士課程での実体験をもとに,研究現場において,配慮を必要とする難病患者と雇用主の双方が快適に働くにはどうしたらいいかを一緒に考えていきたい.

一口に難病と言っても,抱える悩みや障害・必要な配慮は個人によって異なる.しかしいずれの場合も,研究室に加入する前に互いにできること・できないことを明確にし,合意することが大切である.病気によるが,難病患者は体力がなく,夜間や休日の作業は向かないことが多いので,業務時間の融通が効くかの確認は重要だ.聴覚や視覚の障害がある場合は,AI議事録やモニター映し出し機能付き顕微鏡などの便利なツールの活用を提案してみるのもよい.雇用主側も,人的資源や設備の面で受け入れが難しければはっきり伝えてよい.障がい者や難病患者の雇用は考えることも多く,障害者差別解消法の改正1)で合理的配慮について明文化されたこともあって雇用主の負担感は否めない.しかし実際は少しの工夫と気遣いがあれば,双方の希望をすり合わせることが可能である.

さて,研究をはじめたあと,私が頭を抱えたのは通院の問題だ.難病患者は専門の医療機関に通院する場合が多く,私の場合は最低月1回,合併症が悪化したときだと月3回以上も平日に休みを取らなければならなかった.主治医とも相談し,通院をまとめることで月20日は研究時間を確保するよう努めた.しかし,頻繁な観察やまとまった日数を要するクローニングやウイルスベクターの精製などは,ラボメンバーの協力なくしては不可能であった.最終的には,スケジュール調整の難しさやラボメンバーへの負担をかんがみて,単発で成果が出せる実験に実験手技を絞った.一方で,体調が安定していた修士の間に残した大きな業績が現在の助けになってくれている.体調がよいときには人一倍頑張り,悪いときはおとなしくしているのが「難病患者流」だ.そこを理解してくれたラボの皆さんにはたいへん感謝している.

さらに,家族の介護や急逝,指導教官の退官など身体的事情以外にも不測の事態があったが,そのたびにラボメンバーや学外の人脈に助けられた.学位取得後も,ハンデを負っている状態で長く安定したキャリアを築くには,自身の努力はもちろんのこと,仕事ぶりを理解してくれる幅広い人脈をつくり,周りの協力を得ることが不可欠である.私の場合,学内のみならず,生化学若い研究者の会やCurioSeeds2)という団体での活動を通して学外のつながりをもっている.また,こうした縁もあって仕事依頼に事欠かない生活を送っており,学生ながら金銭的に安定した生活を送り,キャリアの基盤を築くことが出来ている.

私が研究者という仕事を志したのは修士になってからだが,持病をもちながら活躍する研究者は少なく不安だった.だが案ずるより産むが易しである.この記事を読んでいる研究者を志す当事者の皆さんは,病気のみを理由に研究者への道をあきらめることなく,好きなことを思う存分探求してほしい.

ウェブサイト

1) 内閣府:改正障害者差別解消法が施行されました. https://www.cao.go.jp/press/new_wave/20240520.html(2025年10月閲覧)

2) CurioSeeds:https://curioseeds.com