博士課程修了者の進路は年々多様化している一方で,依然としてキャリアの不透明さに悩む人は多い.特に,アカデミアでの職を志しながらも,その先の雇用や将来像に不安を抱え,セカンドキャリアを模索するケースは少なくない.私自身,キャリアを模索中のいち博士課程の学生として,こうした不安を抱える人に向けて,各々にとって納得のいくキャリア形成のヒントを届けたい.そこで本稿では,博士号取得後に一度はアカデミアでの職を得た後で別の道を歩まれている3名にインタビューを行った.彼らのキャリアパスから,重要な要素が浮かび上がってきたので紹介したい.
Aさんは,物理化学を深く学ぶため,単身でカナダの大学院に進学した.現地の大学では,充実した研究環境と手厚い経済的支援のもと,研究の面白さに魅了され,博士課程,さらにはドイツでのポスドクも経験した.アカデミアで研究に従事するなかで,日本人留学生との対話を通じて,「海外と比較して,日本のアカデミアは研究者に十分なサポートを提供できていないのではないか」という課題に目を向けるようになった.この経験から,研究を継続する以上に,日本のアカデミア環境を改善し,海外への人材流出を食い止めたい想いが強くなり,現在は文部科学省で,「博士人材」をはじめ「科学技術人材」の活躍を推進する政策立案1)に携わっている.
Bさんは,多くの命を救いたいという想いから,社会に対してインパクトを残せる製薬企業での研究職を志望していた.そのために博士号の取得を決意し,大学院で研究に打ち込んだ後,ポスドクとしてさらに経験を積んだ.研究を深めるなかで,「医薬品をつくりたい」という純粋な研究者としての考えから,次第に「より多くの患者に届けたい」という社会的影響を重視するような考えに変化したことに気づいた.この自己理解が就活の軸となり,現在は,外資系製薬企業でmedical science liaisonとして働いている.医師との科学的な対話を通じて,社会に出た後の新薬の有効性・安全性の評価,適正使用法の知見を深め,多くの患者のもとへ適切な治療法を届けている.
Cさんは,博士課程では細胞を扱う化学系の研究に没頭していた.その後,より先進的な生物系研究に挑戦するため,理化学研究所の生物系ラボで研究員としてのキャリアを歩みはじめた.純粋に研究が好きという思いから進路を選択してきたCさんではあったが,自身の子どもの誕生をきっかけに,自身の研究の成果を未来の社会に役立てたいと考えるようになった.その気持ちから,現在はアカデミアではなくヘルステック企業の研究職として,人々の日常的な健康状態や疾患をリアルタイムでモニタリングするウェアラブルデバイスの開発に挑戦している.
三者に共通していたのは,自己理解である.「自分は何に価値を置き,どのように社会とかかわっていきたいのか」という問いに誠実に向き合い,自らの価値観に沿ったキャリアを選んでいた.博士人材を取り巻く環境には,さまざまな課題がある.しかし近年,政府は,安心して学修できる環境を整え,その先のキャリアも多様化させる施策を始めており,進学と活躍を後押ししている2)3).しかしながら,受け皿が十分に機能するまでには,まだ時間を要するだろう.それならば,自分自身と向き合い,価値観を明確化しておくことで,納得できるキャリア形成ができるのではないだろうか.
謝辞
この記事を書くにあたり,インタビューを受けてくださった3名の方に,心より感謝申し上げます.
文献
1) 「令和7年版 科学技術・イノベーション白書」pp169-171
2) 「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」
3) 文部科学省:博士人材の民間企業での活躍促進について


