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概論:p53標的治療の実現:「創薬困難」から「臨床応用」へ

Realizing p53-targeted therapy: from the “undruggable” era to clinical translation
10.18958/8015-00001-0006633-00
大木理恵子
Rieko Ohki:国立がん研究センター研究所基礎腫瘍学ユニット

p53は約半数のヒトがんで異常をきたす,最も重要ながん抑制遺伝子である.しかし,転写活性化因子であり核内で機能することや,変異ごとに構造や機能異常が異なることから,長年「undruggable」と考えられてきた.一方,近年の構造生物学,創薬化学,AI創薬,タンパク質分解技術などの進歩により,変異型p53を直接標的とする薬剤や,p53の負の制御因子であるMDM2の阻害薬,p53下流経路を標的とした治療に加え,p53を標的とした免疫療法や発がん予防への応用など,多様な戦略が臨床応用へと進みつつある.本稿では,p53研究の歴史と創薬研究の歩みを概説するとともに,本特集で取り上げる最新のp53標的治療の全体像を紹介する.

p53研究の歩み

1979年に発見されたp53は,約半世紀にわたり,がん研究の中心にあり続けてきた.TP53p53)遺伝子の変異は,ヒトがんの約半数で認められ,残る多くのがんでもp53経路の異常が生じていることが知られている.p53は最も代表的ながん抑制遺伝子であり,おそらく生命科学分野で最も多く研究されてきた遺伝子でもある.

興味深いことに,p53は1979年の発見後しばらくの間,がん遺伝子として認識されていた1)2).しかし1989年には,野生型p53が強力ながん抑制遺伝子であり,当初解析されていたものは変異型p53であったことが明らかとなった3).この発見は,がん研究の歴史を大きく変えた画期的な成果であり,「ノーベル賞級の発見」とも称されている.

その後,p53はLi-Fraumeni症候群(小児期から成人にかけて多様な悪性腫瘍を発症しやすい遺伝性疾患)の原因遺伝子であること4),さらに核内で転写活性化因子として機能し,細胞周期停止,DNA修復,アポトーシス,細胞老化,代謝,免疫応答などにかかわる多くのp53標的遺伝子を制御することが明らかとなった5)6).現在もなお,p53の新たな機能や制御機構に関する基礎研究は活発に進められており,その知見を基盤として,創薬やがん治療への応用研究が大きく発展している7)8)

30年以上続いているp53創薬への挑戦

p53は長らく「創薬が最も難しい標的」の代表格でもあった.その最大の理由は,p53が核内で機能する転写活性化因子である点にある.細胞膜受容体やキナーゼのような酵素とは異なり,p53はDNAや多数のタンパク質との相互作用によって機能するため,低分子化合物で直接制御することは困難であった.

さらに,がん抑制遺伝子を標的とする治療では,過剰に働く分子を阻害するのではなく,「失われた機能」を回復させる必要がある.また,p53変異は数千種類におよび,それぞれ構造異常や機能異常が異なることから,すべての変異に共通して有効な薬剤を開発することは容易ではなかった.野生型p53を活性化する場合にも,正常組織への毒性が課題となる.このような理由から,p53は長年「undruggable(創薬困難)」の代表例と考えられてきた.

それでも,世界中の研究者はp53創薬への挑戦を諦めることはなかった(表1).1990年代にはアデノウイルスを用いたAd-p53遺伝子治療が試みられ,p53補充療法の概念実証が行われた9)田澤らの稿).2000年代にはNutlinに代表されるMDM2阻害薬が開発され,野生型p53を再活性化するという新しい創薬概念が確立された10)11)板鼻の稿).また,PRIMA-1やAPR-246は,変異型p53の立体構造を回復させる薬剤として大きな期待を集めた12)13)岩熊の稿).その後は,Wee1阻害などの合成致死戦略,さらにp53下流シグナルを利用した創薬へと研究は広がった(岩熊の稿,上野らの稿).

年代 主な戦略 意義・到達点
1990年代 Ad-p53(遺伝子治療) p53補充療法(p53創薬の幕開け)
2000年代 MDM2阻害薬(Nutlin) 野生型p53活性化戦略を確立
PRIMA-1,ATO 変異型p53再活性化への挑戦
2010年代 Wee1阻害薬などの合成致死 p53機能喪失に伴う脆弱性を標的化
BH3模倣薬 p53下流アポトーシス経路を標的化
2020年代 Rezatapopt 変異型p53(Y220C)を標的とした精密医療
MDM2 PROTAC MDM2分解誘導による新たなp53活性化戦略
p53ワクチンなどの免疫療法 p53特異的免疫応答を利用した治療
表1 p53標的治療の歴史

もちろん,この歩みは決して順風満帆ではなかった.期待された薬剤が臨床試験で十分な有効性を示せなかった例も少なくなく,現在の発展は30年以上にわたる試行錯誤の積み重ねのうえに成り立っている.しかし,その状況を大きく変えたのがKRAS創薬の成功である.かつてp53と並び「undruggable」の代名詞とされたKRASに対する阻害薬が臨床応用され,「創薬困難」という固定概念そのものを書き換えた.この成功は,「構造を理解し,標的を理解し続ければ,いつか薬はできる」ということを示した.そして現在,その次なる挑戦として世界中の期待を集めているのがp53である.

p53標的治療の現在地とこれから

近年,構造生物学,ケミカルバイオロジー,AI創薬,タンパク質分解技術の進歩によって,p53創薬は大きな転換点を迎えている(表2).その象徴が,TP53 Y220C変異を標的としたRezatapopt(PC14586)である.Y220C変異によって形成されるp53表面上のポケットに作用する,構造基盤型創薬により,変異型p53を安定化して機能を回復させる薬剤が開発され,第Ⅰ/Ⅱ相試験では安全性と有望な臨床活性が報告されている14)15)岩熊の稿).変異特異的p53再活性化という概念は,ついに臨床で検証される時代に入った.

分類 標的 主な治療戦略 代表例 適応

p53を直接標的

〔岩熊の稿〕

変異型p53 構造修復・再活性化,分解 Rezatapopt (PC14586),APR-246,変異型p53分解誘導薬 p53変異

野生型p53を活性化

〔板鼻の稿〕

MDM2/MDMX p53–MDM2相互作用阻害 Nutlin,Milademetan,Navtemadlin など p53野生型

p53下流経路を標的

〔上野らの稿〕

アポトーシス経路 ミトコンドリア・外因性アポトーシスの活性化 BH3模倣薬,DR5アゴニスト,Reprimo経路 p53野生型・変異型

p53欠損の脆弱性を標的(合成致死)

〔岩熊の稿〕

DNA損傷応答・複製ストレス 合成致死 Wee1阻害薬,LINE-1逆転写酵素阻害薬 p53変異・欠失

免疫療法・予防戦略

〔田澤らの稿,碓井の稿,松田の稿〕

p53関連免疫・発がん前病変 免疫療法・予防 p53ワクチン,TP53-CHIP,Li-Fraumeni症候群への介入 p53変異・発がん高リスク
表2 p53標的治療の分類と主な創薬戦略

現在のp53創薬は,もはや「p53そのもの」を標的とするだけではない.野生型p53の負の制御因子であるMDM2を阻害してp53機能を回復させる治療(板鼻の稿),p53が制御するアポトーシス経路や細胞死シグナルを標的とする治療(上野らの稿),p53機能喪失に伴う脆弱性を利用した合成致死療法(岩熊の稿),さらに近年急速に発展しているp53を基盤とした免疫療法(田澤らの稿)など,p53シグナルネットワーク全体を標的とする創薬が急速に進展している.

さらに,TP53変異を伴うクローン性造血(TP53-mutant clonal hematopoiesis of indeterminate potential:TP53-CHIP)に対する個別化予防(碓井の稿)や,生殖細胞系列TP53変異を有するLi-Fraumeni症候群に対する発がん予防・サーベイランス(松田の稿)など,「治療」だけではなく「予防」へと研究領域は広がりつつある.このように現在のp53創薬は,「p53タンパク質を直接標的とする時代」から,「p53ネットワーク全体を制御する時代」へと大きく発展しているのである.本特集では,このように急速な進展を遂げるp53標的治療の全体像を概説することを目的とした.それぞれ第一線で活躍する先生方に最新の知見をご執筆いただいた.

第20回 International p53 Workshopから見えた新たな潮流

世界中のp53研究者は数年ごとにInternational p53 Workshopに集い,最新の研究成果を議論する.2026年に開催された第20回Workshopには,p53の共同発見者であるDavid Lane博士とArnold Levine博士をはじめ,米国科学アカデミーのメンバーであるCarol Prives博士,Guillermina Lozano博士,Laura Attardi博士,Moshe Oren博士など,世界を代表する研究者が一堂に会した().

図 第20回 International p53 Workshopでの集合写真
(p53 Workshop運営事務局の許可を得て掲載)

印象的だったのは,議論の中心が「p53の生物学」だけでなく,「いかに患者へ届けるか」という視点にも大きく広がっていたことである.一方で,未解明のp53機能や新たな制御機構に関する未発表の基礎研究も数多く報告され,基礎研究の重要性は少しも変わっていないことを改めて実感した.そのような基礎研究の成果を基盤として,変異型p53再活性化薬,MDM2阻害薬,免疫療法,個別化医療など,トランスレーショナルリサーチや臨床試験の進展も数多く紹介されていた.

さらに興味深かったのは,約50年間にわたりp53研究を牽引してきた研究者自身が,創薬研究の最前線にも立っていることである.Arnold Levine博士らは変異型p53を標的とした低分子化合物の開発を進め,David Lane博士らは変異特異的抗体を利用した新たな診断・治療法の開発に取り組んでいる.長年にわたりp53の基礎生物学を切り拓いてきた研究者たちが,その知見を創薬へとつなげようとしている姿は,基礎研究と臨床応用が相互に発展しながら,p53研究が新たな段階へ進んでいることを象徴しているように感じられた.

おわりに

発見から約半世紀を経た現在,p53標的治療はようやく現実のものとなりつつある.現在進められている多様な創薬戦略は,決して突然生まれたものではない.30年以上にわたる挑戦と失敗,そして世界中の研究者の情熱の積み重ねによって築かれてきた成果である14).KRAS創薬の成功によって,創薬が困難と考えられてきた標的に対する「undruggable」という概念は覆された.そして今,そのバトンはp53へと受け継がれつつある.変異型p53を直接標的とする薬剤,MDM2阻害薬,p53下流ネットワークを標的とする治療,さらには免疫療法や予防戦略まで,最も重要ながん関連遺伝子であるp53の研究は,単一遺伝子の研究という枠を超え,がん医療の未来を切り拓く研究領域へと発展しつつある.

がんゲノムペディア
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文献

1) Lane DP & Crawford LV:Nature, 278:261-263, doi:10.1038/278261a0(1979)

2) Linzer DI & Levine AJ:Cell, 17:43-52, doi:10.1016/0092-8674(79)90293-9(1979)

3) Finlay CA, et al:Cell, 57:1083-1093, doi:10.1016/0092-8674(89)90045-7(1989)

4) Malkin D, et al:Science, 250:1233-1238, doi:10.1126/science.1978757(1990)

5) Levine AJ:Cell, 88:323-331, doi:10.1016/s0092-8674(00)81871-1(1997)

6) Vousden KH & Prives C:Cell, 137:413-431, doi:10.1016/j.cell.2009.04.037(2009)

7) Levine AJ & Oren M:Nat Rev Cancer, 9:749-758, doi:10.1038/nrc2723(2009)

8) Levine AJ:Nat Rev Cancer, 20:471-480, doi:10.1038/s41568-020-0262-1(2020)

9) Clayman GL, et al:J Clin Oncol, 16:2221-2232, doi:10.1200/JCO.1998.16.6.2221(1998)

10) Vassilev LT, et al:Science, 303:844-848, doi:10.1126/science.1092472(2004)

11) Wade M, et al:Nat Rev Cancer, 13:83-96, doi:10.1038/nrc3430(2013)

12) Bykov VJ, et al:Nat Med, 8:282-288, doi:10.1038/nm0302-282(2002)

13) Lambert JM, et al:Cancer Cell, 15:376-388, doi:10.1016/j.ccr.2009.03.003(2009)

14) Puzio-Kuter AM, et al:Cancer Discov, 15:1159-1179, doi:10.1158/2159-8290.CD-24-1421(2025)

15) Dumbrava EE, et al:N Engl J Med, 394:872-883, doi:10.1056/NEJMoa2508820(2026)

大木理恵子:1997年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了,博士(理学).東京大学大学院医学系研究科,東京工業大学大学院生命理工学研究科を経て,2002年より国立がん研究センター研究所勤務.’11年より独立PI,’17年より基礎腫瘍学独立ユニット長.p53標的遺伝子(Noxa,Reprimo,AEN,PHLDA3,IER5,FUCA1など)の機能解析を通じ,がん抑制機構の解明と新規治療法の開発に取り組む.

進化し続けるp53研究

1979年に発見されたp53は,47年を経た現在もなお,生命科学・がん研究を牽引し続ける分子である.私も1997年にp53研究をはじめて以来,約30年にわたりこの分野に携わってきた.この約30年間にp53研究がどのように発展してきたかは,『実験医学』の特集を振り返ることでも見えてくる.1992年の「p53:癌抑制遺伝子」からはじまり,「p53とCdk阻害蛋白質」(1995年),「p53:ゲノムの守護神」(1998年),「解明が進むp53の新機能!」(2000年),「p53ワールド」(2010年)と,その時代ごとの最先端の研究成果が特集されてきた.さらに2017年には,私が企画した「知られざるp53の肖像」で,がん抑制・促進の二面性やp53アイソフォームなど,多面的なp53の姿を紹介した.これほど長期間にわたり,1つの分子をテーマにくり返し特集が組まれてきた例はきわめて稀である.そして本特集では,長年の基礎研究が結実しつつある「p53標的治療」に焦点を当て,その現在地と今後の展開を紹介する.(大木理恵子)