ヒトの病気に潜む進化の記憶を探る進化医学

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進化医学 人への進化が生んだ疾患

本コンテンツでは,「実験医学」に2012年4月から全6回にわたって掲載された連載『ヒトの病気に潜む進化の記憶を探る 進化医学(井村裕夫)』より,連載 第1回と第4回を抜粋,公開いたします.ゲノムの個人差,個の医学が注目される現代,ゲノム進化の立場から医学を見つめなおす学問分野として,その重要性をさらに増している「進化医学」.ヒトの宿命と生命の原理にも迫る内容をぜひご一読ください.本連載から大幅加筆・改訂された単行本「進化医学 人への進化が生んだ疾患➡」も,好評販売中です! (編集部)

なぜ,ヒトは病気になるのか?-2

実験医学2012年4月号掲載 連載 第1回より)

進化医学とは

すでに述べたように痛風の遠因は大型霊長類が尿酸酸化酵素を突然変異によって失い,高尿酸血症をきたしやすい状態にあることである.近因としては尿酸の代謝,とくに腎尿細管における尿酸の再吸収能に個人差があり,食事の変化,肥満,アルコール摂取などの環境要因によって血清尿酸値が上昇して痛風を発症するものと理解される.

一方壊血病は,近因としてはビタミンCの摂取不足に基づく外因性疾患である.遠因としては進化の過程でL-グロノラクトンオキシダーゼを失ったためで,他の哺乳動物のように生合成ができず,ビタミンCの不足を招きやすい状態にあるためである.このように進化医学は病因論の立場に立って病気の遠因を明らかにし,病因への理解を深める学問分野であるといえる.

進化医学は,したがって疾患の診断,治療に多くの場合直接役立つものではない.しかし病因や疾病の発生病理をよりよく理解し,対策を考えるうえに,進化医学は多くの情報を提供してくれる.それは研究者にとって,自らの研究の意義をよりよく理解するうえに必要なことである.

進化医学は一般医家にとっても,また一般の人に対しても多くの情報を提供してくれる.例えば人はややもすればビタミンCが不足しやすい状態にあることを理解していれば,偏食,摂食異常,ヘビースモーカーなどに対しては,ビタミンCを摂取することによりサブクリニカルなビタミンC不足に対処することができる.また高尿酸血症には進化学的意義があるので,痛風発作や腎機能障害がなければ,ただちに治療する必要はないと考えられる.さらに連載第4回で述べるように感染症は恐らく35億年の歴史をもったものである.感染を起こす寄生者と,それを防止しようとする宿主の長い戦いを理解すれば,H1N1型インフルエンザのような新興感染症に対しても,より適確な対応ができるようになる.また自己免疫疾患やアレルギーの成因も,感染症の変化や減少と関連して理解すべきである.その意味で進化医学の素養は,医師の日常の臨床にも,また一般の人々の健康の維持にも役立つことが少なくない.

謝辞

本稿を査読し,種々有益な示唆をいただいた京都大学 富田 隆 名誉教授,越山裕行 北野病院糖尿病・内分泌内科部長に感謝します.

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人はなぜ病気になるのか? 進化に刻まれた分子記憶から病気のメカニズムに迫る
進化医学 人への進化が生んだ疾患

進化医学 人への進化が生んだ疾患

プロフィール

井村 裕夫(Hiroo Imura)
1954年,京都大学医学部卒業,内科学とくに内分泌代謝学を専攻,’77年より京都大学教授,視床下部下垂体系,心血管ホルモン,膵ホルモンの研究に従事,’91年,京都大学総長に選出され,高等教育一般にかかわる.’98年,総合科学技術会議議員として,第2期科学技術基本計画の策定,科研費などの研究費の増額,新しい研究施設の整備などに努力.2004年より先端医療振興財団理事長として神戸医療産業都市構想の実現に努めると同時に,科学技術振興機構研究開発戦略センターで臨床研究の振興方策を提言,またこれからの臨床研究として先制医療の重要性を提言している.一方生命進化の過程から病気の成り立ちを考える進化医学に興味をもっている.
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