[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第53回 問題の現場を見ることの大切さ

「実験医学2014年11月号掲載」

バッタ

野宿しながらバッタに密着して観察するのが私の仕事.職場となるサハラ砂漠では,昼はアリが3秒で焼け死ぬほど灼熱になり,夜になり涼しくなるとサソリがうごめきはじめる.軽く命の危険にさらされるが,この仕事は人類の歴史を変える可能性を秘めている.私の研究対象のサバクトビバッタは,古来,アフリカで大発生して農作物を食い荒らし,人類を飢餓に陥れてきた「天災」だ.

少年のころから昆虫学者を志し,学生時代はアフリカから日本に輸入したサバクトビバッタの研究に没頭した.このバッタは普段は大人しいが,混み合うと性格も姿形も激変する.変身を遂げたバッタは活発的に群れを成して農作物を食い荒らす害虫と化す.砂漠という過酷な環境に適応するために自分自身を変えてしまう芸当に惚れ,そのしくみを解き明かしたいという思いに駆られ,研究にはまっていった.飼育室は,31℃一定に保たれ,朝晩決まった時間にライトがついては消えていく.バッタの変身を制御するホルモンを注射したり,卵を数えたり,脚の長さを測定したり.バッタ研究に青春を捧げた.

ポスドク中,先行きの不安に襲われた.優秀な若手研究者がひしめくなかでの熾烈なポスト争い.たった1つのイスを巡ってライバルたちと闘わねばならない.どんな研究者になれば生き延びられるのか,どんな研究テーマに取り組むべきか.進むべき道選びに苦悩したが,最終的にバッタたちの故郷に向かうことにした.研究対象が日本にはいない外国産のバッタのため,彼らの野生の姿を一度も生で見たことがなかった.自然の姿を知らずしてバッタ研究者を名乗るとは何事かと,恥ずかしく思っていた.胸を張ってそう名乗れるように,そして生き様を追い求め,アフリカに渡った.31歳の春だった.

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日本学術振興会海外特別研究員として向かった先は西アフリカ・モーリタニアの国立サバクトビバッタ研究所.バッタ問題の最前線で闘うバッタ専門の機関だ.地球上の陸地面積の20%がサバクトビバッタの被害に遭い,年間の被害総額は400億円以上に及び,アフリカの貧困に拍車をかける.あまりにも甚大な被害にその信憑性を疑っていたが,実際に見渡す限りのバッタの群れに包まれ,彼らの恐ろしい破壊力とそのスケールを思い知った.

実験室で8年間ほぼ毎日見つめてきたバッタだが,野生のものは別の生物のように生き生きしていた.暑いときは日陰で休み,天敵の鳥が襲ってくると一目散に草むらに隠れる.頃合を見計らって群れで大移動をはじめる.飼育室のバッタはけなげにも本能のまま動くが,人工的な環境下ではその行動の真意を知ることは叶わない.本能と自然が組合わさったときにはじめてバッタの秘めたる能力が遺憾なく発揮される.バッタを知るためには,バッタだけを見つめるのではなく,バッタにかかわるさまざまなものたちもセットで見なければならなかった.自分自身もバッタが感じるのと同じ暑さや風を感じ,バッタの身になってみて,これまで謎とされてきたものが次々と見えてきた.これまで治安や政治の問題から現地でフィールドワークはほとんど行われていないため,研究所の所長からは「アフリカ中がコータローの研究に期待している」と励まされた.自分に宿っている可能性を知り,アフリカのバッタ問題解決という壮大な夢と使命を得た.33歳で無収入に陥ったりしたが,2014年4月より自由に研究に没頭することが許された京都大学白眉プロジェクトに採用され,夢の実現に向けて研究を進めている.

前野ウルド浩太郎(京都大学白眉センター/京都大学大学院農学研究科)

※実験医学2014年11月号より転載

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