[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第101回 研究は,教育の向こうにある

「実験医学2018年11月号掲載」

私は今,大学に勤務しているが,以前高等専門学校(高専)に勤めていたことがある.あの2年間の経験が,今の自分の研究生活にどう影響を与えているか,考えてみることとする.

高専とは何か,まるで馴染みのない方も多いと思う.実際,私も勤務するまでよく知らなかった.簡単に説明しておくと,15歳から20歳までの学生を5年一貫教育する学校であり,高校範囲の基礎的な教科から教えはじめ,最終的には大学の学部生並みの卒業研究まで指導する,即戦力の技術者を養成する教育機関である.高専卒業後,大学へ編入する道もあるが,コンセプトからすると進学よりも技術者として若くから社会に出る人材育成を目標としている.大企業へ推薦で就職が決まる学生も多く,就職の良さから人気が高い.科研費申請資格がある研究機関でもあり,高専でレベルの高い研究を行っている先生は何人もいる.

高専は一般的に県下第2の都市,つまり人口10万人前後のいわゆる田舎にあることが多いという立地面での特徴がある.そのような場所では,大学が身近なものではないことも多い.都市部に生まれ育つと,経済的な条件が許せば,大学進学は大方あたり前の選択肢となるが,そのような環境は実は,大都市圏か,各県の県庁所在地しかない.

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高専のある田舎の街までですら1時間かかるようなもっと田舎の地域だと,都市部へ出て大学進学することはなかなか難しい家庭環境の子どもも多くなる.しかし,大学に行くことはできなくても,高校の延長として,学費の安い高専になら入学が許される環境の子どもがいる.そのような境遇の学習意欲の高い子どもに,大学に劣らぬハイレベルな教育を受けさせてあげられる場所,そんな役割も高専の重要な機能である.高専で学ぶことで子どもたちは世界を知り,新たな土地で働くなどの,将来の選択肢を広げていくことが可能となる.

私は田舎に暮らし,高専で働き,高専生を教えることで,いかに家庭環境が大きな問題なのか,そして教育が尊いかを実感した.私自身,比較的裕福で教育熱心な家庭に育ち,あたり前のように大学進学の選択肢があったので,このような経験がなければ感じなかったことかもしれない.最近,国際NGOのSave the Childrenが「この問題は本当に問題です.世界では子どもの6人に1人が学校に通えていません」という広告を出している.そのような過酷な世界の状況に比べると,初等教育の就学率がほぼ100%の日本は恵まれているかもしれない.しかし,現代の日本でも,地域や家庭環境が変われば,教育環境は全く異なるのが現実である.大学に行きたくても行けない子どもは,現代でも大勢いる.高専生から,本当は大学に行きたかったが家庭環境で無理だった,と話されたこともあるし,現在勤務している大学でも,学費が払えなくなり泣く泣く除籍となった学生もいた.状況はさまざまだ.

研究は教育の向こうにある.学ぶことで世界が広がり,興味が広がり,自分の好奇心や探究心と正しく向き合うことができるようになり,研究をするようになる.教育や研究は,恵まれた者や優秀な者だけの特権であってはならない.誰でも,学びたい者は学ぶことができ,知りたいことについて解明していくことが許される世のなかであって欲しい.

高専で過ごした時間で,他者の学びに対してできる限り協力的でありたいと意識するようになった.われわれはたまたま恵まれた平和な国の平和な時代に生まれ,恵まれた環境で教育を受け,研究環境に身を置くことが許されるようになっただけなのだ.何かに恵まれていなくとも,学びたい研究したいという尊い気持ちをもった若者がいれば,研究者ならその助けでありたいと私は思う.

森田理日斗(岡山理科大学理学部生物化学科)

※実験医学2018年11月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2018年11月号 Vol.36 No.18
急増する炎症性腸疾患に挑む
腸内エコロジーの理解によるIBD根治への道

長谷耕二/企画
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