現在の医療では,肺が荒廃して人工呼吸器での治療が限界になった場合,体外式膜型人工肺(ECMO)か肺移植しか手がありません.ドジョウは水中ではエラで呼吸しますが,泥の中などの低酸素環境下におかれると腸を介して酸素をとり込むそうですが,それにヒントを得て,最近,腸呼吸の研究が行われています.かつては,呼吸不全の新生児に胃管から酸素を入れる方法が考案されたこともあったようですが1),この研究ではブタに人工呼吸管理を行って低酸素状態にした呼吸不全モデルを確立し,ブタの肛門にカテーテルを挿入して酸素をたくさん含んだパーフルオロカーボンという特殊な液体を注入しています.その後,血液中の酸素濃度や二酸化炭素分圧を評価することで腸管を介した換気効果を検証する興味深い研究です2,3).
驚くことに,酸素化した液体を注腸している間は,血液中の酸素濃度が改善されただけでなく,二酸化炭素の減少もみられ,換気効果もあることがわかりました.その効果は液体の排泄によって元の状態に戻ることから,腸呼吸をしていることが証明されたのです.次に,腸管にはさまざまな血管が存在していることから,どの血管から酸素化が生じるのかを検証する目的で,複数の静脈の酸素化状態を調べると,腸管から流出する複数の静脈血管を酸素化することがわかりました.なお,腸呼吸中の循環動態は落ち着いており重篤な副作用は認められず,安全に実施可能であることがわかっています.これが実用化されると,救急領域であれば,窒息などで気道確保ができない場合に「急いで酸素豊富な液体を注腸」という処置をするようになることも考えられます.
この研究は,肺移植をする呼吸器外科や,iPS細胞で肺をつくる研究をしている再生医療を専門とする先生たちのチームによるもので,救命できない末期呼吸不全の患者さんをなんとか助けたいという強い思いが感じられます.苦しむ患者さんを目の前にした医師による医学研究の大切さ・面白さをレジデントの先生にも知ってほしいと思います.この新しく開発された腸呼吸は「EVA(enteral ventilation)法」と名付けられ,主人公らが特殊な液体の中で呼吸する描写がある人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に影響された部分があるそうです.ちなみに,この研究は2024年にイグ・ノーベル賞に輝いた研究なのですが,私は実用化されたらノーベル賞の価値があると思います.