実験医学DIGITAL ARCHIVE

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羊土社刊行の「実験医学」は,1983年の創刊以来,分子生物学と医学の進展と共に歩んでまいりました.30年にわたり500冊を越える号を刊行しておりますが,この数は膨大なもので,過去の号を振り返りたいと思ってもなかなかご覧になれない現状かと存じます.

研究の歴史を記録し,新たな展開を示すことこそが「実験医学」の使命と考え,「実験医学」月刊誌・増刊号のバックナンバーをデジタルデータとして復刻し,本サイトでPDF版をご提供しています.歴代のタイトルをお役立ていただけましたら幸いです.

1983年9月,実験医学は年4回の季刊誌として創刊いたしました.巻頭では,当時大阪大学総長でおられた故 山村雄一先生に「創刊に当って」のお言葉をいただきました.山村先生のお言葉は,生命科学の進むべき道をじつに格調高く的確に指摘されたものだと思います.この貴重な一文を,ここに再掲載いたします.

実験医学1983年 Vol.1 No.1

創刊に当って

大阪大学総長

山村雄一

日本のみならず欧米においても,大学附属病院を除いては,かなり大きな病院でも研究室を備えているところは稀である.臨床的にきわめて興味深い例にぶつかっても,奇妙な副作用を示す薬物が見つかっても,そして十分な研究歴を持っている数多くのスタッフが医局や薬局で働いているにもかかわらず,臨床検査室は整備されていても,研究室を欠いているのである.これは全く不思議なことである.

今日ではすでに古典の一つとなった「実験医学」序説を,クロード・ベルナールが世に問うたのは1865年のことである.爾来本書は医学の研究の方法論を示す一つのバイブルとなった.特にいくつもの実例を示して 生理学の研究を行うことを記述した第3部は,実験生理学の必要性を強く世に訴えている.当時は生命の科学は無生物の科学とは異なっている,物理学の法則は必ずしも生物に当てはまらない,全体として生きている生物に対しては,部分的で分析的方法の適用はなじまない,などの論議がまかり通っていた時代である. 彼の書には医学や生物学の研究にはじめて提示された自然科学に基づく方法論的論議が述べられていた.

医療行為は人類の古い歴史の中に登場し,ほとんどが経験則として世に残されてきた.中国の漢方にその典型的な例をみることができる.また医療に対応する医学は15~16世紀に 誕生してくる人体解剖学以来,19世紀にいたるまでほとんど観察医学に終始してきた.もちろん医学において観察することの重要性は今も昔も変わってはいない.ベッドサイドにおいて患者を観察し,その病態を正確にとらえること,そこから実験医学が出発するのである.ただし観察に終始するということにとどまらず,一歩を進めて実験医学的方法によって病因を探り,病態を解明するという,その一歩に千鈞の重みが在るのである.その意味で「実験医学序説」は近代医学 への飛躍の踏み台であった.そしてまた,臨床医学に対する系統的基礎医学の組織化の礎石でもあった.

だが元来医学は一つであって,臨床とか基礎とかの区別はない.それ故に研究室の存在しない病院は不思議に考えられるのである.とはいえこのことを深く責めることもできない.その理由は医学が真の意味で自然科学の一つの領域として市民権を獲得するのは,最近のせいぜい30年くらいのことだからである.物理学や化学,分子生物学や 免疫学などの生物学,電子工学や情報工学などが医学に大幅に導入されて,医学は「医科学」へと質,量ともに変換を遂げてきた.実験医学は実験医科学へと変貌したのである.そのなかで最も医学的であり,生物学的でもある方法論の一つに,「実験動物」の開発と系統化をあげることができる.クロード・ベルナール の実験医学「序説」はこの系統化された実験動物の登場によって「本論」に入ったということができるだろう.遺伝学はもとより,免疫学も,腫瘍学も,感染症学も,実験動物を抜きにしては語れないし,臨床医学の対象となるさまざまな人間の疾病も,実験動物による疾患モデルを無視しては研究が進まない.

さらに細胞レベルや分子レベルにおける研究法も画期的な進歩を遂げている.このような医学と生物学の変貌のなかに,全く新しいテクノロジーが誕生してきた.組換えDNA技術や細胞融合法などに代表される,新しいバイオテクノロジーである.

このような医学と生物学の歴史的変革の時期に「実験医学」誌が登場することは,まことに時宜を得たものであろう.その発展と多くの読者によって歓迎されることを祈りたい.

(実験医学Vol.1 No.1 1983 より転載)