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第1回 エタノール沈殿

バイオ実験の中で最も頻繁に行われる操作の1つがDNAのエタノール沈殿である.あまりにも一般的な手法であるが,その具体的な操作は研究者によって異なることが多いのではないだろうか.本稿では,普段あまり気に掛けないエタノール沈殿について,その原理と操作について解説する.

エタノール沈殿の原理

Principle エタノール沈殿の原理

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エタノールと塩を加えると核酸はなぜ沈殿するのだろうか? 核酸は塩基・糖・リン酸から成るヌクレオチドのポリマーであり,主鎖を形成する糖・リン酸部分が特にエタノールに溶けにくい.しかし核酸の水溶液にエタノールを2倍量程度加えても,核酸はほとんど沈殿しない.これは水溶液中でリン酸部分が解離して核酸が全体的に負電荷を帯びているので,核酸分子同士が静電的に反発してしまい凝集しにくいためである.そこであらかじめ核酸の水溶液に,ナトリウム塩やアンモニウム塩を加えることにより,リン酸の対イオンとして一価の陽イオンを核酸分子に近づける.これにより核酸の負電荷を中和することができるので,エタノール中で核酸分子が凝集しやすくなるというのがエタノール沈殿の原理である(Principle).

最適な実験法とは

Protocol エタノール沈殿の一般的なプロトコール

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エタノール沈殿の操作は,①核酸水溶液に塩を加える,②これにエタノールを加える,③この溶液を放置して核酸分子を凝集させる,④遠心操作により核酸分子を沈降させる,⑤上清のエタノール溶液を除く,⑥ 70 %エタノール水溶液で核酸の沈降物(ペレット)をリンスする.⑦上清を取り除き,核酸のペレットを乾燥させる,という手順で行われる.しかし核酸の大きさやその溶液の性状によって,これらの手順の細かい操作は異なる.また個々の研究室によってもその操作の違いも大きいようだ.「モレキュラークローニング」(J. Sambrook, D. W. Russell 著,Molecular Cloning A Laboratory Manual,3rd Edition, Cold Spring HarborLaboratory Press. Cold Spring harbor,New York, 2001)におけるエタノール沈殿法の記載にも,各操作の時間に幅を持たせてあり,種々のオプションも盛り込まれているので,手法を決定しにくい.

そこで本稿では,短い一本鎖のDNA断片(21-mer)からプラスミド程度の長い二本鎖DNA(3.2kbp)までを含めた核酸のエタノール沈殿法を実験的に検証しながらその手法を解説する.われわれの研究室で用いている手法をベースにした一般的な方法をProtocol に示す.400μl のDNA水溶液の場合で記載しているが,1.5 ml のエッペンドルフチューブを用いる場合には本法のスケールが適している.加える塩としては,酢酸ナトリウム,塩化ナトリウム,酢酸アンモニウムの3種類を検討したが,われわれの研究室では主に酢酸ナトリウムを用いている.酢酸アンモニウムは,DNA中にヌクレオシド三リン酸が混在している場合に,これを除去するのに適しているが,短いDNA断片(50-mer 以下)は回収率が低下してしまう.酢酸ナトリウムを用いる本法では核酸を沈殿させやすくするためのキャリア(グリコーゲンやtRNA)を加えなくても90 %以上の高収率でDNAを回収することができる.

実験例

本実験では,DNA合成機で化学合成した2種類の1本鎖DNA(21-mer と74-mer)と100-mer 程度のDNA断片を挿入したプラスミドpUC119(約3.2kbp)の3種類を用いた.21-mer と74-mer のDNA断片は,ゲル電気泳動で精製し,ゲルから溶出したDNAをミリポア社製のマイクロコン(限外濾過膜)で濃縮し,同時にTE 緩衝溶液に置き換えて実験に用いた.プラスミドは通常の方法で大腸菌より大量調製したものをマイクロコンでTE 緩衝溶液に置き換えたものを用いた.この時点のDNAはすでにナトリウムイオンなどの対イオンが含まれていると思われるが,それらのイオンをあえてイオン交換樹脂などで除くことはしていない.

1回のエタノール沈殿に使用したDNA量は, プラスミドが10μg ,74-mer が300 pmol,21-mer が1060pmol である.これらのDNA量を用いることにより,それぞれのDNA中のヌクレオチド当たりの量が20 ~ 30nmol になるように揃えている.これよりも低濃度のDNAのエタノール沈殿は別途調べる必要があるが,DNAの回収率が低い場合にはキャリアを加える.われわれの実験室では,キャリアとしてグリコーゲンを加えることが多い.

以下の各実験では,エタノール沈殿したDNAのペレットを一定量のTE緩衝液に溶解して,その吸光度を測定することにより,DNAの回収率(%)を求めている.それぞれの条件ごとに複数回行い,それらの平均値として回収率を算出した.

実験1:操作①の塩濃度の検討

Result エタノール沈殿における塩濃度の効果

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「モレキュラークローニング」などの一般的なプロトコールには,エタノールを加える前に,核酸の水溶液の塩濃度を酢酸アンモニウムでは2.0 ~ 2.5M,酢酸ナトリウムでは0.3 M,塩化ナトリウムでは0.2 M にすると記載されている.これらの塩濃度はどのようにして決まったのだろう.

そこで,それぞれの塩の濃度を変えてDNAの回収率を調べた(Result).酢酸ナトリウムでは,プラスミドは0.03 M の塩濃度でも回収できるが,21-mer や74-mer のDNAは0.15 M 以上の塩濃度が必須である.塩化ナトリウムでは,どのDNAも0.1 M 以上の塩濃度で回収できる.酢酸アンモニウムでは,1 M 以上の塩濃度で74-mer とプラスミドのDNAを8割程度回収できるが,21-mer の場合には4 M の塩濃度でも回収率は8割に達しない.これらの結果から,一般的なプロトコールでは,どの塩においてもプラスミドが沈殿する下限の塩濃度の2倍を設定していることがわかる.さらにプロトコールどおり,酢酸アンモニウムは21-mer程度の短鎖DNA断片のエタノール沈殿には用いないほうがよい.

それではプロトコールの標準的な塩濃度で,エタノール沈殿中に塩が析出してしまうことはないだろうか?70 %エタノール水溶液におけるそれぞれの塩の溶解度を室温(20 ℃)で測定してみると,非常に大雑把な測定法ではあるが,酢酸ナトリウムは~ 37mg/ml,塩化ナトリウムは~ 27 mg/ml,酢酸アンモニウムは~ 129 mg/ml であった.これらの量は,酢酸ナトリウムが0.45 M,塩化ナトリウムが0.46 M,酢酸アンモニウムが1.67 M に相当する.したがってプロトコールの標準的な塩濃度を用いていれば,エタノールを加えた後にこれらの濃度に達していないので,それぞれの塩は析出しないと考えられる.

塩を加えることは非常に重要である.塩を加えない場合は,エタノール量を5倍にしても,プラスミドや74-merのDNAはほとんど回収(1%以下)できなかった.

実験2:操作②の検討

エタノールを加えた後の溶液の放置方法は,研究室よってかなりバラつきがあるのではないだろうか.そこで,エタノールを加えた後,操作②を(1)冷凍庫(-20 ℃)で1時間放置,(2)氷上(4 ℃)で1時間放置,(3)氷上(4 ℃)で15分間放置,で試してみた.酢酸ナトリウムを用いて,操作②以外はProtocol のプロトコールに従った.その結果,21-mer の場合には,(3)の方法で明らかに回収率が7割程度に低下したが,74-mer やプラスミドではそれぞれの方法で顕著な差は認められなかった.したがってあえて-20 ℃で放置する必要は無いが,プロトコールを揃える場合には,1時間の放置が確実であり,それならば氷上(4℃)よりも冷凍庫での放置のほうが安全である.

実験3:操作⑦のDNAの乾燥方法

リンス後のDNAのペレットの乾燥も色々な方法がある.「モレキュラークローニング」には,チューブの蓋を開けて室温で放置して乾燥するとあり,凍結乾燥などを行うと二本鎖のDNA(400bp 以下の場合)の一部が変性してしまうことと,長いDNAの場合には回収率も低下してしまうと記載されている.しかしその後の実験によってはエタノールを完全に除去したい場合もあるので,私の研究室では遠心エバポレーターで40 ℃,10分間乾燥している.74-mer のDNAを用いて,この方法と室温で15分風乾後,45 ℃で2分乾燥させた場合を比較したところ,遠心エバポレーターを用いた場合の回収率に差はなかった.エタノール沈殿で回収した二本鎖DNAを実験に使用する場合は,あらかじめ緩衝溶液中でアニーリング操作を行うことをお勧めする.

まとめ

実際に検証実験を行ってみると,エタノール沈殿における塩の添加が非常に重要であることがよくわかる.これは核酸の構造に対イオンがいかに影響するかということを示す結果でもある.普段何気なくやっているエタノール沈殿にも化学的・物理学的要素が含まれていることを理解していただくとともに,本稿が皆さんに役立つことを期待している.

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Profile

平尾 一郎(Ichiro Hirao)
理化学研究所生命分子システム基盤研究領域/タグシクス・バイオ株式会社
原田 洋子(Yoko Harada)
理化学研究所生命分子システム基盤研究領域
鈴木 智子(Tomoko Suzuki)
東京大学大学院農学生命科学研究科
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