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専門性の「縦糸」と連携の「横糸」が拓く研究の未来

小沼邦重
京都大学大学院医学研究科/京都大学「医学領域」産学連携推進機構
10.18958/7971-00007-0006420-00

現在,私の研究における最大の関心は,がん細胞塊を単なる寄せ集めではなく高度な秩序をもつ「細胞集団」と捉え,その複雑な生態を解明することにある.具体的には,ヒト大腸がんオルガノイドが形成する「極性」という構造的秩序に着目し,その変容が遠隔転移の成立や薬剤抵抗性にどう関与するかを追究している.今後はこの知見を臨床検体や他臓器由来のがんへ展開し,「がん細胞集団の特性」という新たな視点から既存の治療法を問い直す研究へ発展させたいと考えている.

オルガノイド研究を深める過程で,自身の強みと課題も鮮明になった.移植モデルの構築や免疫染色,生化学・分子生物学的な解析は長年培ってきた強力な武器だ.その反面,網羅的オミクス解析や新規抗体作製等の領域には技術的な壁を感じている.現代の生命科学は高度に専門化しており,他分野の技術的アップデートをいち研究者が単独で追うのは困難だ.未経験領域への進出には多大なコストを要し共同研究が現実的な解決策となるが,自身のニーズに合う「適切な連携先」をタイムリーに見出すこと自体が大きな障壁となっている.

こうした実体験から,研究の停滞は個人の能力不足ではなく,「優れた技術や知見が分断され,相互に活用されない構造」に本質的な問題があるとの視点を得た.日本の生命科学を支える講座制は特定分野の深掘りに適するが,各研究室の最適化が進んだ結果,研究室間の壁がサイロ化(孤立状態)を招き,知見の流動性を阻害している側面は否定できない.

このような問題意識から,私は2025年8月に京都大学「医学領域」産学連携推進機構(Kyoto University Medical Science and Business Liaison Organization:KUMBL)へ参画した.現在は自身の専門性を活かしてがんオルガノイドや臨床サンプルを用いた実験基盤を構築する「受託業務」と,「研究コンシェルジュ」という2つの役割を軸に活動を展開している.とりわけ研究コンシェルジュには,研究全体を俯瞰する視座が不可欠となる.アカデミアの優れた研究成果を社会実装へと導き,そこから新たな研究資金を生み出して次の基礎研究へと還流させる―この持続的な「研究エコシステム」を機能させることが最大の眼目だ.研究者間の潜在的なニーズを掘り起こし,学内に眠る高度な技術や貴重なサンプル,深い知見を適切にマッチングさせる.この「橋渡し役」としてエコシステムを駆動させることが,私に課せられたミッションである.

この立場に身を置くことで,多様な異分野の研究者と継続的に議論し共同研究を進める機会を得ている.特筆すべきは,私自身が技術提供者であると同時に最大の受益者でもある点だ.自身の強みであるオルガノイドや移植モデルの知見を他者の研究に活かす一方で,不得手な領域では他エキスパートに協力を仰ぐことができる.この相互補完的な関係は,単なるギブ・アンド・テイクを超えた有機的な結びつきを生み,単独では到達しえない研究の地平を切り拓いている.

本業務を通じて多様な研究領域を俯瞰することは自身の研究にも新たな視点をもたらしている.1つの専門性を深める「縦糸」の重要性は言うまでもないが,領域を跨いで知見をつなぐ「横糸」の視点が,研究の発展性を高めるうえで不可欠だと再認識している.異分野の意外な手法を取り入れることで,従来のがん研究の枠組みに囚われないアプローチが生まれつつある.今後はこの立場を活かし,分野横断的な連携を推進するとともに,自身の研究課題もより広い視野から深化させていきたい.