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研究者は,自分が思うよりおもしろい―サイエンスバーから見えた「場」の設計

野村卓史
ScienceBar INCUBATOR
10.18958/7991-00007-0006599-00

新宿にあるScienceBar「INCUBATOR」を営むなかで,研究室にいた頃は見えていなかったあることに気がついた.科学や研究者は,私が想像していた以上に,多くの人に興味をもたれ,おもしろがられるということだ.そしてそのおもしろさは,説明の上手さだけでなく,出会いの「場」によっても引き出される.

私は大学院で発生生物学を学び,血管にかかわる遺伝子の研究に携わった.その後,研究の現場を離れ,科学を肴にお酒を楽しむバーの経営をはじめた.とはいえ,お酒は会話を引き出す媒介の1つにすぎない.主役は科学の問いであり,それを語る人である.

人が集まれば自然に対話が生まれるとは限らない.サイエンスコミュニケーションは,専門家が一般の人にわかりやすく説明することだと思われがちだ.しかし私がバーで感じるのは,説明以前に,問いを出してもよい空気,知らないことを恥じなくてよい距離感,互いを尊重するフラットな関係が必要だということだ.ただし,その空気は「自由に話しましょう」と呼びかけるだけでは生まれにくい.だから私は,会話の入口をほんの少し具体化するようにしている.

例えば,初対面のお客さまに専門を尋ねると,「物理学です」「生物学です」と大きな分野名だけで答えられることがある.そこで私は,「そのなかで,どのような領域をされているのですか」と一段だけ深く聞く.すると,次に出てくる言葉は少し具体的なキーワードになる.そこまで来れば,隣席の人も「それは何ですか」と話しかけやすくなる.場をつくるとは,ときに会話の最初の一段だけを設計することなのだと思う.

印象に残っている夜がある.鳥の研究者が,猛禽類は翼の先端を開閉し,左右の空気抵抗を変えることで方向転換すると話した.すると同席していた流体力学に詳しい人が,その抵抗が生まれるしくみを別の角度から説明した.輪のなかには理系ではない人もいたが,誰も置いていかれなかった.むしろ,それぞれの驚きが会話を前に進めていた.知識が上から下へ流れるのではなく,異なる強みが横につながる瞬間だった.

セミナーのように,教える人と教わる人の役割が明確な場にももちろん価値はある.しかし,サイエンス交流では,知識の量にかかわらず,互いの問いや経験が同じテーブルに置かれることが大切なのだと思う.専門家の知識も,非専門家の素朴な疑問も,異分野の人の見立ても,場のなかでは会話を進める資源になる.

私は,研究者は自分のおもしろさを過小評価しがちだと感じている.「自分の研究の話はおもしろくない」と言う人に詳しく聞いてみると,多くの場合,十分におもしろい.研究者とは,未解明のことに向き合い,自分なりの問いを立てる人である.その営み自体が,社会から見れば十分な特異なものである.そのことは,店でよく聞かれる質問にもあらわれる.分野外の人から投げかけられる「なぜその研究をしようと思ったのですか」という問いは,研究者自身が自分の原点を語り直す機会にもなる.

研究者と外界をつなごうとしているのは,社会のためだけではない.研究者自身が,自分の研究の意味を言語化し,異なる強みをもつ人と出会う機会にもなる.研究の現場は,研究室や学会のなかだけにあるわけではない.カウンター越しの雑談のなかにも,科学が社会に開かれる瞬間がある.そうした小さな場の積み重ねが,研究者と社会の関係を少しずつ変えていくのだと思う.

サイエンスコミュニケーション講座から学ぶ 科学が伝わる技法
サイエンスコミュニケーション講座から学ぶ 科学が伝わる技法

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