「日本の研究力が落ちている」──この言葉は「今後ノーベル賞が出なくなる」といった感覚的な議論に収束されがちだ.しかし,実態は,より構造的な問題に根差している.
文部科学省『科学技術指標2023』によれば,注目度の高い「Top10%補正論文数」において,日本は2000年前後の世界4位から13位まで転落している.対照的に中国が首位に立ち,インドなどの新興国が躍進する現状は,一時的なものと楽観視することはできない.国内企業の応用研究を支える基礎研究を担うのはアカデミアであり,その要となるのが博士人材である.
日本の博士学生は,大学の研究を支える基幹的な存在でありながら,実態は「研究という労働に従事しながら,高額な授業料の支払いが必要」という重い経済的負担を負わされている.この実態を把握するため,筆者は博士課程学生122名を対象に匿名アンケートを実施した.その結果から浮かび上がったのは,近年の支援拡充の裏側に潜む「支援はあっても,生活が成り立たない」という問題である.
現在,日本学術振興会(学振)の特別研究員(DC)やJSTのSPRING事業などの拡充により,博士学生を取り巻く支援環境は一見,標準的なインフラになりつつある.学振DCの研究奨励金は,令和8年度採用分から月22万7,000円への増額が決定した.長年続いた凍結状態からの前進は,マクロ経済の賃上げが学術界に波及する兆しと言える.しかし,民間企業の初任給引き上げの勢いと比べると,その歩みはきわめて緩やかだ.
アンケート結果はこの限界を数値化している.国内最高水準の支援を受けている学生のうち,実に44.4%が現在もアルバイトを継続していると回答した.米国などの研究推進国では,博士学生がRAやTAとして大学に雇用され,授業料免除と生活費支給がセットで提供されるのが標準的である一方,日本では支給額から税金,社会保険料,授業料を差し引けば手元に残る額はあまりに心もとない.研究に専念できる環境が一貫して提供されているとは言い難いのが現実である.
さらに深刻なのは,公的支援の選別性と,それに伴う競争的支援への過度な依存である.現在の支援策は「優秀層へのインセンティブ」という枠組みを出ていない.トップ層に手厚い一方で,業界全体の底上げが不足している.この選別性のフィルターは,短期的な成果や流行の分野に資金を集中させ,知の多様性を担保する基礎研究から学生を遠ざける.経済的リスクによって進路を選ばざるを得ない現状は,国家自らイノベーションの種を摘み取っているに等しい.
アンケートにて「大学に求める支援として,特に重要だと思うものは何か(単一回答)」と問うたところ,最も多く求められたのは「授業料の全額免除」であった.これは贅沢な要求ではない.まず出ていくお金を止め,公平な土俵に立ちたいという,研究者としての生存をかけた切実な訴えである.博士学生を「高度な専門職訓練を受ける若手研究者」と捉え直すパラダイムシフトが不可欠だ.
基礎研究の停滞は,10年後の産業競争力の喪失に直結する.将来のイノベーションを支える種を,ここで枯らしてはならない.国の知的未来を守るための投資は,この瞬間,困窮する博士学生の足元からはじめるべきである.
アンケートの結果〔実施期間:2025年12月27日から2026年1月16日.回答数:122件.内訳:D1(42名),D2(38名),D3(21名),D4(4名),その他(17名).〕

吉田 塁/著
学振特別研究員制度の概要から,実例をもとにした申請書作成のコツ,意外と知られていない審査の重要なポイントまでを紹介!これまで300を超える申請書を見てきた著者の「誰が読んでもわかりやすい申請書作成のノウハウ」を伝授します!内容面だけでなく,書類の見た目についてもしっかりと解説.また,近年急速に発展している生成AIを使った添削術も複数モデルを用いて紹介し,違いや注意点を説明しています.巻末には、令和7年度採用分の申請書を含めた5つの見本を掲載! 「応募するのは難しそう…」「申請書の書き方がわからない…」などの悩みを解決したい,チャレンジするあなたに贈る1冊です.


