ハーバードでも通用した 研究者のための英語コミュニケーション

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本連載が大幅加筆して単行本『ハーバードでも通用した 研究者の英語術』になりました!

本連載の主旨・概要は「はじめに~ひとりで学ぶ英語の心得」をご覧下さい

第3回 アブストラクトの書き方③
~【実践編】優れたアブストラクトへの道のり

不完全なドラフトを書くのが,優れたアブストラクトへの第一歩

誰もが最初からこのような無駄のない洗練されたアブストラクトを書けるわけではありません.最初から洗練された無駄のないアブストラクトを書かなければならないというプレッシャーが強すぎると,まったく筆の進まない状態が何時間も何日も続いてしまうことになりかねません.前回に述べましたように,「良い文章を書く秘訣とは,まず悪い文章を書くこと.そして,それを何度も校正すること」なのです.一見完璧に見える優れたアブストラクトは,不完全なドラフトを何度も書き直すことにより生まれるものです.

アブストラクトを完成させる過程で人は2度の「生みの苦しみ」に向き合わなくてはなりません.無から第1ドラフトを生み出す過程が「最初の生みの苦しみ」であり,第1ドラフトをセルフ・エディティングして人に見せられるレベルにまで磨き上げる過程が「第2の生みの苦しみ」です.「最初の生みの苦しみ」を軽減するために,ここで私案ではありますが,「快適に第1ドラフトを書き始めるためのフレームワーク」を提案します.このフレームワークに乗っ取って,とにかく第1ドラフトを仕上げましょう.第1ドラフトは同じような表現を繰り返し使ってしまうことなど無駄な部分や,また逆に言い足りない部分もあると思いますが,それらはのちに訂正しますので,気にせずに書き上げましょう.(ここでは,バイオメディカルの分野で最も多いHypothesis?driven researchのアブストラクトのテンプレートを取り扱います.)

アブストラクト第1ドラフトのためのフレームワーク

  1. あなたの研究の背景
  2. あなたが研究する問題,問い
  3. あなたの研究の目的
  4. あなたの研究の肝となる方法と結果
  5. あなたの主要な研究結果
  6. あなたの研究の結論
  7. あなたの研究の意味

アブストラクトを書くための下準備として,このフレーム・ワーク思考をもちいて,あなたの研究内容の肝を伝えるためのビルディング・ブロックとなる情報を洗い出します.7項目に対する自分なりの答えを,英語でも日本語でもどちらでもいいので,ワープロもしくは紙に鉛筆で箇条書きにしてください.このプロセスでの注意点は,それぞれの項目に絶対的な正解をもとめないということです.これはあなたの研究なのですから,あなたが“とりあえず”納得できる暫定的な「納得解」を書いてください.アブストラクトを書いている最中の気づきやひらめき,また人とディスカッションしたり,コメントをもらったりしたなかから新たな視点がえられると,将来的に納得解は変化していきます.そのときには手直して,新たな納得解をたてればよいのです.“とりあえず”現時点での考えを納得解として書くことが大事なのです.万一どうしても納得解を思いつかないときには,空欄にして進んでください.作業しているうちに新たな視点が与えられ,いい考えができるようになるものです.

次にフレーム・ワーク思考で洗い出されたアブストラクトを書くためのビルディング・ブロックをもとに,英語で第1ドラフトを書いていきます.ふつうアブストラクトは5から10のセンテンスからなる一つのパラグラフにまとめるので,それぞれのセンテンスの役割をほのめかす特定の構文を使うことが必要になってきます.この構文のことを“シグナル”とよびます.例えば,一般に広く受け入れられている通念を示すセンテンスでは「it is thought that…」や「It is believedthat…」という構文をシグナルとして使います.シグナルを使ってビルディング・ブロックをつなぎ合わせていくことにより,荒削りの第1ドラフトを仕上げることができるでしょう.上であげたそれぞれの項目で使用されるシグナルの例は,

  1. あなたの研究の背景:アブストラクトの冒頭にある現在形の文章は,研究の背景としてのその分野で広く受け入れられている概念を示すシグナルです.通説の一つとして暫定的に受け入れられている状態であれば「it is thought that…」や「It is believed that…」というシグナルを使います.
  2. あなたが研究する問題や問い:「It remains to be elucidated」「It has yet to be shown」「…is/are unknown」等は未解決の問題や,あなたの問いを示すシグナルです.
  3. あなたの研究の目的:「To better understand the molecular mechanisms…., here we study…」のように不定詞節が目的を示すシグナルとして機能します.「We aim to….」や「This proposal aims to…」は研究の目的を示すために使用されるシグナルです.
  4. あなたの研究の肝となる方法と結果:「Using…, we have shown / found」をシグナルとして使い,Using以下で研究方法を,we have shown/foundに引き続き研究結果を示します.
  5. あなたの主要な研究結果:アブストラクト中盤の過去形センテンスは研究結果を示すシグナルです.
  6. あなたの研究の結論:アブストラクト後半の「These findings demonstrate/suggest that…」等が結論を示すシグナルです.
  7. あなたの研究の意味付け:通常アブストラクトの最後に位置し,「suggest」,「may/might」,「potential」などが,研究成果のより広い分野への意味付け(implication)を示すシグナルになります.

それではこのフレーム・ワーク思考で洗い出されたビルディング・ブロックを想定し,シグナルを使って完璧なアブストラクト例文1に至る第1ドラフトを作ってみましょう.

例文-2

①It is commonly believed that only T lymphocytes and B lymphocytes expressing recombination-dependent antigen-specific receptors mediate contact hypersensitivity responses to haptens. ②However, it remains to be elucidated whether any other types of immune cells could mediate these responses in place of T- and B- lymphocytes. ③To determine whether any other types of immune cells could mediate these responses in place of T- and B-lymphocytes, here we study contact hypersensitivity responses to 2,4-dinitrofluorobenzene and oxazolone in mice devoid of T cells and B cells. ④Here we found that mice devoid of T cells and B cells demonstrated substantial contact hypersensitivity responses to 2,4-dinitrofluorobenzene and oxazolone. ⑤Those responses were adaptive in nature, as they persisted for at least 4 weeks and were elicited only by haptens to which mice were previously sensitized. ⑥No contact hypersensitivity was induced in mice lacking all lymphocytes, including natural killer cells. ⑦Contact hypersensitivity responses were acquired by such mice after adoptive transfer of natural killer cells from sensitized donors. ⑧Transferable hapten-specific memory resided in a Ly49C-I(+) natural killer subpopulation localized specifically in donor livers. ⑨These observations indicate that natural killer cells can mediate long-lived, antigen-specific adaptive recall responses independent of B cells and T cells.⑩These results provide new insight into our understanding into the mechanism of contact hypersensitivity responses as well as the development of novel anti-inflammatory therapies.

第1センテンス(背景):オープニング・センテンス(Introductory sentence)では,あなた研究の背景を理解するうえで重要な共通の理解や通説となっている事柄を明確に述べます.この文章の「It is believed that...」という部分は著者の意見ではなく,一般の通説であり,背景を伝えているとうシグナルです.「It is believed that...」の代わりに「It is thought that...」や「The current understanding is that...」も同様に背景を示すセンテンスを表すシグナルとして使えます.

第2センテンス(問い):第1センテンスでの背景の提示に引き続き,何がここでは未解決の問題なのか,何がわかっていないのかについて述べます.これがあなたの研究がとり組む問題であるわけです.「…it remains to be elucidated...」はとり組むべき“問題点”や研究すべき“問い”を示す“シグナル”として機能します.

第3センテンス(目的):研究の目的を示します.不定詞節「To determine whether…」は研究目的を指し示す“シグナル”であり,それに引き続く「here we study…」はその目的を達成するための主要な研究方法を示しています.

第4センテンス(肝となる研究方法と結果):このセンテンスでは,研究の中心となるアプローチと,肝となる新しい発見・データについて書いています.「Here we found that…」は肝となる研究結果を提示する“シグナル”です.アブストラクトという短いフォーマットのなかでは,ロジックやフローは大切ですが,「起・承・転・結」という徐々に盛り上がる様式は必ずしも適切ではありません.日本語のパラグラフは「起・承・転・結」という順序を追った構造により適していますが,英文のパラグラフの構造は,肝となる文章(トピック・センテンス)から始める様式に合うようできています.長い文章を読むときでも,各パラグラフの第一文を拾って読んで行けばある程度全体の流れをつかむことができるのがよい文章です.これとは反対に,日本語の場合は,そのパラグラフの肝は最後に来ることが多いので,言語の構造上の違いに注意を払う必要があります.英文アブストラクトでは,できるかぎり肝となる文章をパラグラフの前半にもってくるように心がけてください.

この第1ドラフトでは第2文,3文,4文でフレーズの重複や繰り返しがありますが,この段階ではあえて繰り返しを許してください.この段階では洗練よりも,必要な情報をすべて盛り込み,研究の背景・問題・目的・主要な結果をそれぞれ短く英文にすることに意義があるのです.

第5~8センテンス(主要な研究結果):アブストラクトの中間の部分ミドルセンテンスでは,研究結果のうち結論を導くのに不可欠なものについて,簡潔な実験方法の記述を含めて記載します.研究結果を提示する順序は,論理的な話しのながれがあるように心がけます.提示する順序の例としては,時系列順や重要度順(昇順または降順)が普通ですが,ときには結論を導くためのストーリー性を重視する順序なども考えられます.

第9センテンス(結論):パラグラフの前半(この例の場合は第2文)で提示された問いに対応するように,結論を導きます.「These observations indicate that...」が結論を示す“シグナル”です.このセンテンスで述べる結論が,タイトルやオープニング・センテンスでの問題提起と一致するように心がけます.「These observations indicate that...」の代わりに「These findings demonstrate that...」,「We have shown/demonstrated that...」というシグナルを使うことができます.

第10センテンス(意味づけ):研究の一義的な目的は特定の科学的に定義された問いに答えることですが,もう一歩進んで研究成果が広く科学に与える影響や,そこから得られた知見が直接的に間接的に社会に与える影響(例:基礎研究が医療に与えるインパクト)などを著者の意見として述べます.「These results provide new insight…」は研究結果の意味付けを示す“シグナル”のひとつです.論文や抄録投稿の場合には字数制限のため,この意味付けに関する部分を含めない場合もあります.研究者自身が基礎研究の成果の可能性を誇大に拡大解釈するのを好まない場合もあるでしょう.その真摯な態度には好感がもてますが,ここではトレーニングとして積極的に「意味付け」を表現することを練習しましょう.グラントの申請書などでは研究成果の将来的な社会への貢献を説明することを要求する場合も少なくありませんので,必要な場合にはできるように準備しておくというのが正しい姿勢でしょう.

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プロフィール

島岡先生 写真
島岡 要(Motomu Shimaoka)
大阪大学卒業後10年余り麻酔・集中治療部医師として敗血症の治療に従事.Harvard大学への留学を期に,非常に迷った末に臨床医より基礎研究者に転身.Mid-life Crisisと厄年の影響をうけて,Harvard Extension Schoolで研究者のキャリアパスについて学ぶ.現在はPIとしてNIHよりグラントを得て独立したラボを運営する.専門は細胞接着と炎症.
ブログ:「ハーバード大学医学部留学・独立日記」A Roadmap to Professional Scientist
過去の連載:プロフェッショナル根性論 online supplement material

Photo: Liza Green (Harvard Focus)

ジョー先生 写真
ジョー・ムーア(Joseph Moore)
1999年から2004年までハーバード大学医学部のフォンアンドリアン教授のオフィスマネージャーとして,グラントの編集とポスドクと学生のための論文や申請書の作成と編集に関わる.
現在,フリーのライター兼エディターとして,International Piano and Classic Record Review等にクラシック音楽に関する記事の執筆,サイエンスの分野ではグラント申請,論文作成,プレゼンテーションの英文校正や編集を行っている.
ウェブサイト:http://www.bandoneoneditingservices.com/

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